胆石や貝殻、サンゴなど生物が作る生体鉱物の多くは炭酸カルシウムからできています。同じ炭酸カルシウムのでも、結晶構造の違いからカルサイト(六方晶)とアラゴナイト(斜方晶)という二つの結晶多形が区別されます。アラゴナイトはカルサイトよりも常温常圧下では熱力学的に不安定で、加熱するとカルサイトに相転移します。どちらの結晶形を取るかは生物種ごとに決まっており、例えばウニの棘はカルサイトですが、アサリの貝殻や真珠や造礁サンゴはアラゴナイトになります。さらに、同一の固体内でカルサイトとアラゴナイトが隣接して作られる場合もあります。例えば、カキやホタテガイの貝殻は大部分カルサイトですが、貝柱がつくところはアラゴナイトです。
これまでの研究により、カルサイト結晶中に Mg2+ が不純物として取り込まれると、カルサイトの溶解度が上がり、結晶成長を阻害することが分かっています。逆にアラゴナイトでは、イオン半径の関係で結晶格子中に Mg2+ が取り込まれないので、溶解度が変化しません。現在の海では Mg2+ が多く存在し、海水中での結晶形成と溶解の速度論的な兼ね合いから、アラゴナイトの方を形成すると言われています。
ラマン分光は赤外分光では難しい低波数領域の測定が容易であり、低波数領域に現れる結晶の格子振動のピークのパターンから、多形の判別が行なえます。今回、サンゴの幼生を実験室に移し、カルサイト形の骨格を形成しやすいように各種イオンの濃度調整を行なった海水成分組成下で飼育しました。そして、稚サンゴが、部分的にカルサイトを成分とした骨格を形成していく過程を、ラマン分光を用いたマッピング測定により調べましたのでご紹介します。