技術情報 Jasco Report 円二色性スペクトル(CD)と水素/重水素交換質量分析(HDX-MS)を組み合わせた蛋白質の構造・物性解析
Jasco Report

円二色性スペクトル(CD)と水素/重水素交換質量分析(HDX-MS)を組み合わせた蛋白質の構造・物性解析

東京大学 大学院工学系研究科医療福祉工学開発評価研究センター
長門石 曉
東京大学 大学院工学系研究科バイオエンジニアリング専攻
/東京大学 大学院工学系研究科医療福祉工学開発評価研究センター
津本 浩平
Introduction

蛋白質の立体構造を解析することは、その蛋白質の機能および物性を知ることと密接に関連している。蛋白質の構造解析は様々な手法や技術が確立されている。その中で分光学的手法の1つとして、円二色性(Circular dichroism: CD)スペクトル法がある。物質が円偏光を吸収する際、そのキラル性により左円偏光と右円偏光に対して吸光度に差が生じる円偏光二色性という現象を利用することにより、試料中の蛋白質が持つ立体構造を解析することができる。蛋白質の二次構造として、主にαヘリックスとβシートがあるが、波長を変えながら円偏光二色性を測定すると、それぞれの二次構造において固有の極大波長を持つスペクトルが観察される1)。ほとんどの場合において、タンパク質は単一の二次構造ではなく種々の二次構造が組み合わさる形で立体構造が形成されているため、CDスペクトルも各二次構造由来のスペクトルの足し合わせになっており、得られたスペクトルから測定試料中の二次構造の割合などを概算することが可能である。また測定温度を上昇させながらCDを測定することにより、温度上昇に伴う蛋白質の構造変化や変性などを解析することもできる2)。このように、CD測定は溶液中の蛋白質の二次構造に関するコンフォメーション情報を簡便に得ることができる優れた分光法として確立している。1960年代からCD測定による蛋白質分析が行われ始め、すでに半世紀以上の年月が経過している。最近の解析手法の進歩により、蛋白質分析におけるCD測定の位置づけは進歩を続けている。CD測定と他の先端技術から得られる各々のデータを補完的に組み合わせることによって、精密なコンフォメーション解析が可能になってきている。たとえばCDスペクトルの微細な変化から抗体のコンフォメーションを分析できる例や3)、機械学習を活用して蛋白質のダイナミクスを詳細に分析する例4)、統計解析を駆使した、より高性能なCDスペクトル解析ソフトの開発5)などがあげられる。我々も、CD測定と他の分析技術を組み合わせることによって、その分析データの相乗効果により、より精度の高い蛋白質の構造分析を行っている。組み合わせる分析手法の1つとして、水素/重水素交換質量分析(HDX-MS)法がある。ここでは、我々の最近の研究例から、CD測定とHDX-MS測定を組み合わせた蛋白質の解析について解説する。

1) S.M. Kelly, T.J. Jess, N.C. Price: Biochim. Biophys. Acta, 1751, 119-139 (2005)
2) A.J. Miles, R.W. Janes, B.A. Wallace: Chem. Soc. Rev., 50, 8400-8413 (2021)
3) M. Kiyoshi, T. Oyama, H. Shibata, S. Suzuki, Y. Higuchi, K. Tsumoto, A. Ishii-Watabe: Anal. Chem.,97, 12578-12586 (2025)
4) L. Zhao, J. Zhang, Y. Zhang, S. Ye, G. Zhang, X. Chen, B. Jiang, J. Jiang: JACS Au, 1, 2377-2384 (2021)
5) A. Micsonai, F. Wien, N. Murvai, M.P. Nyiri, B. Balatoni, Y.-H. Lee, T. Molnár, Y. Goto, F. Jamme, J. Kardos: Nucleic Acids Res., gkaf378 (2025)