円二色性(Circular Dichroism: CD)分光法は、光学活性を持つ化合物の左右の円偏光の吸収差を計測する手法であり、錯体、高分子、超分子などの立体配座の推定からタンパク質、核酸などの高次構造(Higher order structure: HOS)の推定に幅広く利用されている。CD分光法はX線結晶構造解析、核磁気共鳴法、クライオ電子顕微鏡法のように高解像度の構造の取得することはできないが、HOSの情報を『0.01~10 mg/ml程度の濃度範囲で取得できる』『数分でスペクトルを取得できる』『塩、pH、熱、添加剤などの条件を変化させた状態で取得できる』といった特長を持つ。特に250 nm以下の遠紫外域のCDスペクトルにはタンパク質の二次構造の情報が豊富に含まれる。そのため、遠紫外CD分光法は、古くからアカデミアにおける構造やダイナミクスの研究、現在ではタンパク質製剤や抗体医薬品市場の拡大に伴い、医薬品の研究開発・品質管理を目的として幅広く利用されている。一方、取得したCDスペクトルを解釈することは容易ではない。低分子であれば時間依存密度汎関数法をはじめとする半経験的分子軌道計算によって算出されたスペクトルとの比較によってコンフォメーションの推定ができるが、同様の手法をタンパク質などの高分子に適用することは困難であり、より経験的な手法である二次構造解析法が開発されてきた。
二次構造解析法の開発は、1961年にGreenfieldとFasmanが合成ポリペプチドの二次構造を定量的に推定する手法を提案したことに始まる1), 2)。その後、Yangらによってタンパク質、Reedらによってペプチドの各二次構造のCDスペクトルの形状が報告された3), 4)。これらの二次構造解析法では、計測された遠紫外CDスペクトルは、各二次構造の要素が持つCDスペクトルの線形結合によって表すことができる仮定に基づいている。
bk(λ)は各二次構造の要素のCDスペクトルである。これらのCDスペクトルを線形結合する時の係数fkを二次構造の割合として考え、fkに制約を加えない場合は最小二乗法によって解析的に求める。fkに、非負や合計が1となる制約を加える場合は、二次計画法などの制約付き非線形最適化法を用いて繰り返し計算で算出する。本手法はα-helixを豊富に含むタンパク質・ペプチドの推定には有効であるが、β-sheetを豊富に含むタンパク質の二次構造の推定精度に課題があった。2000年代以降、抗体医薬品市場が拡大するとともに、神経変性疾患の原因と考えられるアミロイドの研究に注目が集まり、これらのタンパク質はβ-sheetを豊富に含むことからも、β-sheetの二次構造の推定精度の向上に期待が寄せられた。この状況も合いまり、2010年代までに機械学習を利用したさまざまなアルゴリズムが考案された。開発された代表的なアルゴリズムとして、変数選択と特異値分解(singular value decomposition: SVD)を組み合わせたCDSSTR、SVDと自己無撞着法を組み合わせたSELCON3、リッジ回帰を利用したCONTINLL、ニューラルネットワークを利用したCDNN、自己組織化マップおよびk近傍法を用いたK2D2、K2D3、主成分回帰(principle component regression: PCR)、部分的最小二乗法(partial least square: PLS)などがある5)-9)。この過程で、β-sheetが実に多様なCDスペクトルを示すことがわかり、これらをどう帰属するか、また、二次構造をどう定量化するか、が課題となっていた。
1) G. D. Fasman (Ed.), Circular Dichroism and the Conformational Analysis of Biomolecules, Springer, 1996.
2) N. Greenfield and G. D. Fasman, Biochemistry, 1969, 8, 4108.
3) J. T. Yang et al., Methods Enzymol., 1986, 130, 208.
4) J. Reed and T. A. Reed, Anal. Biochem., 1997, 254, 36.
5) W. C. Johnson, Proteins, 1999, 15, 307.
6) N. Sreerama and R. W. Woody, Anal. Biochem., 1993, 15, 32.
7) N. Sreerama and R. W. Woody, Anal. Biochem., 2000, 287, 252.
8) G. Böhm et al., Protein Eng., 1992, 5, 191.
9) C. Perez-Iratxeta et al., BMC Struct. Biol., 2008, 8, 25.
