光の振動が特定方向に偏った光を「偏光」といい、その中でもらせん状に回転しながら振動する偏光のことを「円偏光」と呼ぶ。円偏光には、左回転および右回転の2種類の光が存在し、同波長(同色)の光に2種類の量子情報を組み込むことができることから、三次元ディスプレイや光暗号通信などへの応用が期待されている。現在円偏光は、無偏光の発光源から円偏光フィルターを通して作り出されており、この方法ではフィルターによる光強度の大幅な減少が生じてしまう。そこで、フィルター無しに円偏光を作り出す手法として、円偏光発光(CPL; Circularly polarized luminesce)を示す分子の利用に注目が集まっている1, 2)。発光体が右回転または左回転のどちらかに偏った光を過剰に発する現象をCPLと呼び、キラルな構造をもつ発光体はCPLを示すことが知られている。分子のCPLの性能は、異方性因子(Dissymmetry factor)glumで評価され、これは左右円偏光の強度差を全体の発光強度で割った円偏光過剰率である。glumの理論上の最大値は2(IL=1, IR=0)もしくは-2(IL=0, IR=1)であり、glumの値が正であると左巻き、負であると右巻きの円偏光を発していることとなる。CPL材料を構築する上で、発光自体の効率を示す発光量子収率(Φ)とglumの両立は、効率的なエネルギー変換の観点から非常に重要である。しかしながら、glumと Φ はトレードオフ関係にあることが知られており、発光効率を維持しながら高いglumを得ることは困難とされている3)。
シッフ塩基は、窒素原子に炭化水素基が結合したイミンを指す呼称であり、発見者のHugo Schiffによって命名された4)。一般的にシッフ塩基は、アミンとアルデヒド誘導体の脱水縮合反応によって得られ、その生成の容易さから、機能性分子を構築するための部分骨格として頻繁に用いられている。中でもサリチルアルデヒド誘導体を原料として生成させたシッフ塩基は、様々な金属イオンにN^Oキレート配位し、金属中心の電子状態や立体配座に依存した多種多彩な物性を示す有用な骨格として知られる5)。代表的なものでは、香月・Jacobsenらによって開発されたMn(III)錯体による不斉エポキシ化反応6)、Ni(II)やDy(III)などの希土類元素を用いた磁性材料7)などが挙げられ、さらにごく最近ではZn(II)・Pd(II)などを用いた超分子材料への利用も展開されている8)。
シッフ塩基錯体の光化学は、中心金属に依存した多様な光学特性が観測されることなどから、興味深い研究対象として古くから研究されている。特に、平面四角形型(Square planar)および四面体型(Tetrahedral)の四配位錯体は、Pt(II)9)・Zn(II)10)イオンを金属中心として持つ錯体が高効率な発光特性を示すことから、近年では有機発光ダイオード(OLED)などへの応用に向けて精力的に研究されている。本稿では、キラルなシッフ塩基配位子を用いたCPL活性な四配位錯体の分子設計からその開発の取り組みを、特にその分子構造(配位構造)とCPL特性の相関関係に着目して紹介する。
1) J. P. Riehl, F. S. Richardson, Chem. Rev., 86, 1-16 (1986).
2) Circularly Polarized Luminescence of Isolated Small Organic Molecules (Eds.: T. Mori), Springer (2020).
3) H. Tanaka, Y. Inoue, T. Mori, ChemPhotoChem, 2, 386-402 (2018).
4) H. Schiff, Annalen, 131, 118-119 (1864).
5) P. G. Cozzi, Chem. Soc. Rev., 33, 410-421 (2004).
6) T. Katsuki, Coord. Chem. Rev., 140, 189-214 (1995).
7) M. Andruh, Chem. Commun., 47, 3025-3042 (2011).
8) S. Akine, T. Nabeshima, Dalton Trans., 10395-10408 (2009).
9) C.-M. Che, C.-C. Kwok, S.-W. Lai, A. F. Rausch, W. J. Finkenzeller, N. Zhu, H. Yersin, Chem. Eur. J., 16, 233-247 (2010).
10) Y. Chen, X. Li, N. Li, Y. Quan, Y. Cheng, Y. Tang, Mater. Chem. Front., 3, 867-873 (2019).
