本稿は2023年初頭に執筆しており、年月を経た後に振り返れば時代の流れを感じさせる記述になるとは思うが、今や連日のようにカーボンニュートラルやグリーントランスフォーメーションといった用語が一般の新聞や雑誌ですら紙面を賑わせている。その文脈では、温室効果ガスである二酸化炭素の排出削減を念頭に、石油資源を燃料として消費するエネルギー資源として捉え、代替物の候補について語られることが多い。この観点は重要ではあるが、そもそも石油資源は無尽蔵には採掘できず、枯渇の問題が以前から指摘され続けている。さらに言えば、その用途は燃料に限らない。エネルギー資源としてのみならず、各種の化成品の原料としても石油資源は幅広く利用されている。
5-ヒドロキシメチルフルフラール(HMF)は燃料のみならず化成品にも変換でき、いわば石油資源と類似した性格を持つ化合物である1)-3)。しかも糖類から合成できるので、後述するがバイオマス活用(バイオリファイナリー)にも適う化合物である。HMF の合成法としてはフルクトースの脱水反応が一例として挙げられ、またフルクトースはグルコースと互変異性の関係にあり、グルコースは多糖類高分子であるデンプンやセルロースのモノマーであるので、これらの糖類を原料として HMF を合成できる4), 5)。バイオリファイナリーの観点から言えば、これらの糖類を豊富に含む植物は多々あり、種々の有価化合物に変換する際に HMF が橋渡しの役割を担うものとして期待されている。
HMF は糖類から合成できるが、現実には収率や経済性の他にも考慮すべき点がある。もし農作物の可食部に含まれている糖類を HMF の原料にするならば、食用を上回る量の農作物を生産しなければならない。特に穀物にはデンプンが豊富に含まれているが、これを原料にして HMF を合成するならば食糧との競合が問題になる。一方、食糧生産時の副産物である茎(藁)や葉、もみ殻などにはセルロースが含まれている。デンプンとは異なり、人間はセルロースを消化できず食用にはならないので、そのようなセルロース系バイオマスをHMFの原料に利用できれば好都合である。他にも木材製品の生産時に発生する廃木材や製品自体の廃棄物などにもセルロースは豊富に含まれており、これも HMF に転換できれば望ましい。
本稿では、セルロース系バイオマスの HMF への転換を念頭に、コリン塩とカルボン酸からなる深共晶溶媒(deep eutectic solvent, DES)を用いてHMFを合成する試みについて、グルコースからの合成6)を中心に、当研究グループの取り組みを紹介する。それに先立ち、まずは関連研究の歴史的経緯を紹介したい。
DES は文字通り共晶物である。例えば、塩化コリン(融点302 °C)と尿素(融点133 °C、ただし分解)の混合物では、モル比1:2が共晶組成であり、その凝固温度(融解温度)は12 °Cである7)。また、尿素をカルボン酸に替えた場合、例えば塩化コリンとシュウ酸(融点187 °C、ただし分解)の混合物では、モル比1:1が共晶組成であり、34 °Cで凝固(融解)する8)。これらの著しい凝固点降下を示す有機混合物は2000年代前半に Abbott らによって報告され、その少し前(1990年代の末)から注目を浴び始めたイオン液体に類似する溶媒として、DES と呼ばれている(前段落で示した通り、S は solvent の頭文字)。即ち、これらの DES は常温で液体であり、その構成物質の片方は塩(イオン)である。なお、イオン液体のように溶媒として扱うなら、DES の和訳語としては深“共融”溶媒の方が相応しいと筆者は思うが、この研究分野では深“共晶”溶媒の方が多用されている。
DES はイオン液体に類似する溶媒であるが、イオン液体の特長の一つとしてセルロースに対する溶解能が挙げられる9)。この溶解能は、溶媒であるイオン液体そのものがイオンであり、溶質となるセルロースの水素結合ネットワークを遮断して解離できることに起因していると考えられている。一般的な分子性溶媒ではセルロースを殆ど溶解できず、高温高圧など過酷な条件での不均一反応を余儀なくされる場合が少なくないが、イオン液体であれば温和な条件で効果的に反応を進められるものと期待できる。DES でも同様のことが言え、例えば Abbott らは前段落で紹介した報告の数年後に、セルロースの水酸基の化学修飾を DES 中で行っている10)。
HMF 合成の観点でも、イオン液体を用いる試みは多数報告されている。上述の通り、セルロースを解重合したのがグルコースであり、これと互変異性の関係にあるのがフルクトース、そしてフルクトースの脱水反応によって HMF を合成できる。そのため、歴史的経緯としては、セルロースからの合成を見据えつつも、その手前にある単糖類からの HMF 合成が数多く検討されていた。フルクトースからの高収率合成は比較的容易であるものの、グルコースからは困難であったが、2007年の Zhao らの報告によって状況は一変した11)。その報告では塩化クロムをグルコースと錯形成させ、これがフルクトースへの異性化を促進し、HMF 収率としては70%に達している。その後も様々な触媒や反応促進剤が報告され、近年ではイオン液体中にてセルロースからでもグルコースからの合成に匹敵する HMF 収率が得られたとの報告もある12), 13)。
セルロースに対する溶解能はイオン液体の特長の一つであり、その活用先の一端が上述の研究例であるが、イオン液体には考慮すべき点もある。まず、一般の分子性溶媒に比べれば、現状では高価である。また、揮発性が低い点では環境負荷が少ない溶媒であるが、生体膜の破壊に起因する毒性が指摘されている14)。一方、DES であれば、安価かつ生体親和性に優れた物質を選んで調製できる。本研究で使用しているコリンカチオンもその一つである。なお、イオン液体が様々な分野で研究され、2000年代初頭から20年間ほどの歳月で成熟期に入りつつあるのに対して、DES は2010年代中盤までは研究例が少なく、近年になって研究が広まりつつある。
また、上述の Zhao らの報告では HMF を合成する際に塩化クロムをグルコースと錯形成させて高収率を得ていたが、これも低毒性の代替物を使用できれば望ましい。ホウ酸は糖類と錯形成し、その際にプロトンを放出するので古くから滴定分析に利用されてきた15)。このホウ酸の性質から着想を得て、当研究グループでは HMF 合成においてホウ酸の利用を検討している。
1) M. D. Frank-Kamenetskii, and S. M. Mirkin: Annu. Rev. Biochem. 64, 65-95 (1995).
2) J. J. King, K. L. Irving, C. W. Evans, R. V. Chikhale, R. Becker, C. J. Morris, C. D. Peña Martinez, P. Schofield, D. Christ, L. H. Hurley, Z. A. E. Waller, S. Iyer, N. and M. Smith: J. Am. Chem. Soc., 142, 20600-20604 (2020).
3) P. Sengupta, D. Bose, and S. Chatterjee: ChemBioChem, 22, 1517-1537 (2021).
4) P. Larkin: Infrared and Raman Spectroscopy; Elsevier, (2011).
5) M. Zeraati, D. B. Langley, P. Schofield, A. L. Moye , R. Rouet, W. E. Hughes, T. M. Bryan, M. E. Dinger and D. Christ: Nat. Chem., 10, 631-637 (2018).
6) M. Mata and N. W. Luedtke: J. Am. Chem. Soc., 137, 699-707 (2015).
