技術情報 Jasco Report 超臨界混合溶媒中の固体溶質における溶解度を予測する pDS Ⅱ model の開発と固定床半回分式抽出シミュレーションへの応用例
Jasco Report

超臨界混合溶媒中の固体溶質における溶解度を予測する pDS Ⅱ model の開発と固定床半回分式抽出シミュレーションへの応用例

Introduction

2018 年に、超臨界二酸化炭素(scCO2)中の固体溶質の飽和溶解度(以降、単に溶解度と記述)を理論予測する「predictive Dimensionless Solubility (pDS) model1)」を公表してからおよそ5年が経過した。この pDS model は、後段で詳述するように、scCO2 がもつ溶媒としてのキャパシティー(溶媒項)と、固体溶質がもつ揮発性(固体溶質項)を積算して溶解度を理論予測するモデルとして説明される。このうち前者の溶媒項は、温度、圧力、体積の各状態量を、CO2 の各臨界定数で除して得られる還元量の累乗を積算することで求められる。その一方で、固体溶質項は、固体溶質のモル体積、融点、溶解度パラメータ(エントロピー型溶解度パラメータ: eSP 2), 3))に基づいて計算される。このオリジナルのpDSモデルは、既往の報告から集積した29種の固体溶質あたりの979からなる溶解度データをもとに開発された。その後、本学 青山 裕紀 氏の卒業研究を通して、さらに 37 種の固体溶質と 720 の溶解度データが加えられ、理論が検証されている4)。結果として、対象溶質の種類や溶解度データ数を増加させても、計算値と実験値の偏差に大きな偏りがないことが立証され、モデルの妥当性が証明されている。

この 2019 年における pDS model の検証後の次なる課題は、scCO2 に助溶媒を添加した混合溶媒系での溶解度予測というものであった。この研究テーマに対し、卒業研究として取り組んだのが、本学 森谷 茉由 氏と桒原 歩大 氏であった。のべ2年間の研究期間を経て、助溶媒 1 種類を含むscCO2混合溶媒系での固体溶質の溶解度推算モデル(pDS model for a single modifier addition system: m-pDS model)が開発され、最近論文が無事、化学工学論文集に掲載された5)。ここで、開発経緯を振り返ると、森谷氏が、まず助溶媒を添加した系での固体溶質の溶解度上昇分(エンハンスメント効果)を数学的に記述する新しいエンハンスメントファクター(EF)の概念を初めて打ち出すことに成功した。次に、桒原氏は、得られた EF の理論推算を検討した。その結果、分散力、極性、水素結合の各寄与を導入した Hansen 溶解度パラメータを新たに採用することで、溶媒-溶質間の相互作用を数学的に描写することに成功した。結果として、助溶媒 1 種類を含む混合溶媒系での固体溶質の溶解度の理論予測が達成されたが、2 種類以上の助溶媒を含む系での取り扱いに対しては議論の余地が残っていた。

ところで、最近著者らは、この独自に開発した pDS model や m-pDS model を実学的に応用する意味合いで、固定床半回分式抽出シミュレーションへの導入を検討している6)。このシミュレーションには、先行研究にある Sovová model 7), 8) などの速度論モデルを用いることもできる。だが、これとは別視点で平衡論に基づくモデルを構築できれば、理論予測が難しい速度論パラメータを介さない理論化が達成できるものと考え、別に研究開発を進めてきた。最近になってようやく新しいモデルの導出に成功することができたので6)、紙面の限り詳細を記述したい。

本稿では、著者らが目指す固定床半回分式超臨界抽出曲線の完全理論予測に向けてのフィージビリティーについて論じたい。特に、上述した pDS model の開発経緯について詳しく説明することで、超臨界多成分混合溶媒系での溶解度予測という次なる課題の解決に向けた新しい取り組みを紹介したい。結果として、この紙面が、市販の超臨界流体抽出装置の新規導入を検討されている方々への強力な支援ツールとなることを期待している。

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1) M. Ota, Y. Sato, R. L. Smith, Jr., H. Inomata, Chem. Eng. Res. Des., 136, 251-261 (2018).
2) M. Ota, Y. Hashimoto, M. Sato, Y. Sato, R. L. Smith, Jr., H. Inomata, Fluid Phase Equilibr., 425, 65- 71 (2016).
3) M. Ota, S. Sugahara, Y. Sato R. L. Smith, Jr., H. Inomata, Fluid Phase Equilibr., 434, 44-48 (2017).
4) 大田昌樹,青山裕紀,高温高圧状態における基礎物性の相関・推算と抽出プロセスの設計, 技術情報協会, 103-110 (2019).
5) A. Kuwahara, M. Moriya, M. Ota, H. Inomata, Kagaku Kogaku Ronbunshu, 49, 45-50 (2023).
6) M. Ota, M. Urabe, K. Nomura, Y. Hiraga, M. Watanabe, H. Inomata, Nippon Shokuhin Kagaku Kogaku Kaishi, 70, 443-450 (2023).
7) H. Sovová, Chem. Eng. Sci., 49, 409-414 (1994).
8) H. Sovová, J. Kučera, J. Jež, Chem. Eng. Sci., 49, 415-420 (1994).