抗体医薬品は、高い治療効果と少ない副作用が期待できるため、1986年に Muromonab-CD3 が初めて承認されて以来、この数十年で劇的にその市場を拡大しています。タンパク質である抗体は、複雑な非共有結合の積み重ねによって高次構造(HOS: Higher-order structure)を形成し、機能を発現しますが、熱などの外部刺激による構造変化により、その機能が失われます。そのため、HOS の安定性評価は、医薬品候補抗体の開発において極めて重要です。抗体の HOS の熱安定性は、一般に示差走査熱量計(DSC)や円二色性(CD)分光法によって評価されます。CD 分光法は、溶液中のタンパク質の二次構造や三次構造の情報を容易かつ迅速に得ることができ、熱によるタンパク質の HOS の変化を直接評価できる方法です。
長年 CD 分光法による二次構造解析は、抗体のように β-sheet を豊富に持つタンパク質の推定精度に課題を持っていました。2015年、Eötvös Loránd University, Hungary: ELTE の József Kardos 博士、András Micsonai 博士が中心となり、β-strand 間のねじれを考慮し、CD スペクトルから二次構造を精度良く推定できるアルゴリズム BeStSel が開発されました。BeStSel は、抗体など β-sheet に富んだタンパク質を含む幅広いタンパク質に対して高い推定精度を持つ、8 種類の二次構造情報を取得できる、CATH 分類に従ってタンパク質の折りたたみを予測できる、オープン Web サーバーを介して利用できる、などの特徴があります。
多くの研究者が BeStSel オープン Web サーバー(https://bestsel.elte.hu/index.php)を利用できる一方で、GxP 環境を必要とする研究者は BeStSel を利用することができず、GxP 対応のソフトウェアの開発が望まれていました。日本分光は József Kardos 博士、András Micsonai 博士と GxP 環境での測定・解析を提供する JASCO Spectra ManagerTM 2.5 BeStSel CFR を共同で開発しました。
ここでは、JASCO Spectra ManagerTM 2.5 BeStSel CFR を使用して、抗体医薬品の熱による二次構造崩壊のメカニズムを追跡した結果を報告します。