持続可能な社会の実現に向けて、化石エネルギーや再生可能エネルギーを有効活用し、CO2 排出量を削減することが必要である。電力の消費量は時間帯により変動し、風力・太陽光発電などの単位時間あたりの電力生産量は気象状況により一定でない。蓄電池を用いて、電力の供給が過剰な時に蓄電し、不足な時に放電することで、これらの変動に対処することができる。蓄電池は電気自動車やモバイル機器にも使用され、自動車の走行距離を増やしたり、モバイル機器の使用可能時間を増やすために、蓄電池のさらなる高エネルギー密度化が望まれている。現在リチウムイオン電池が優れた高エネルギー密度の電池として用いられているが、それを超える次世代の電池の開発が喫緊の課題である。
次世代電池の有力な候補のひとつにフッ化物シャトル電池(Fluoride shuttle battery (FSB))がある。この電池はリチウムイオン電池の数倍のエネルギー密度が期待され、この電池の開発が2010年ころから NEDO の国家プロジェクトの重要な課題のひとつになっている。この電池は金属フッ化物の脱フッ素化と金属のフッ素化((1)および(2))を利用する。
MFx + xe- → M + xF-(正極において、M は金属)(1)
M’ + yF- → M’Fy + ye-(負極では M’ は金属)(2)
FSB の初期の報告では、固体電解質が用いられており、そこではイオン伝導率を高めるために、FSB の動作中にセルの温度が 150 °C に保たれていた1)。固体電解質型の FSB の高温での動作は数多く報告されている。その後、FSB の電極反応を室温で進行させるためのさまざまな液体電解質が開発された2)-6)。しかし、活物質(電極反応の主体となる物質)の溶解析出が電極の形状変化や劣化を引き起こしたり4),7)、低電位の負極上で電解液が分解したり、負極活物質の反応がなかなか進行しないなどの、様々な困難な点がある。電解液中で正極と負極を組み合わせた電池の形での動作の報告はほんの1, 2例しかなく2),3)、ほとんどは単極での反応の報告である。
通常は、金属フッ化物中では電子伝導性とフッ化物イオン伝導性は低く、金属中ではフッ化物イオン伝導性が低い。そのため、効率的に FSB 反応を起こさせることが難しい。例えば電池の電極では活物質である金属フッ化物を電子伝導性を持つカーボンブラックと混合して用いるが、金属フッ化物の、カーボンと接している外側が脱フッ化すると、金属中のフッ化物イオン伝導度が低いため、内部のフッ化物中から F- が抜け出せず、反応が止まってしまう。この場合、反応の律速段階は、金属中のフッ化物イオン伝導である。律速段階が明らかになると、例えばドーピングや異種物質との複合化による金属中のイオン伝導度の向上、粒子のナノ化などの指針につながる。また、上記の様に活物質が直接脱フッ化する場合は、粒子の形態変化が少ないのでサイクル特性が良いが、活物質が M+ と F- として電解液に溶解してから生成物が別の場所に析出する場合、反応は早いが形態変化が大きいため、電極の劣化が早く(サイクル特性が悪く)なる7)。このような場合は溶解度を適切に制御することが必要となる。このような知見を得るために、電極反応のその場分光解析や、その場イメージングが非常に有効である6)-11)。
銅は資源的に恵まれており、毒性も低く、酸化還元電位が高いため(≈ 3.55 V vs Li+/Li)12)、FSB の正極用活物質として最も有望視されている物質のひとつである13)-17)。この総説では CuF2 の 15 µm 程度のマイクロ粒子の電解液中の脱フッ化過程について、その場高速ラマンマッピングとその場 3D 形状解析をほぼ同時に行った結果について述べる18)。その結果、脱フッ化は新規な中間相を経由して進行することがわかった。この中間相を UV-VIS により調べた結果、中間相は電子伝導性を持ち、反応を促進する役割を持つことがわかった。
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