2017年に、高圧気液平衡関係に基づく亜臨界溶媒中の固体溶質の分配係数(気液平衡比)を理論予測する「predictive Distribution Coefficient (pKD) Model1)」を公表してからおよそ6年が経過した。後段で詳述するようにこのモデルは、溶質と溶媒がもつ溶解度パラメータ(SP)の値がそれぞれ互いに近ければ近いほど相溶性(相互の溶解性)が高まるという正則溶液論に基づくモデルであり、気液各相のそれぞれの溶解度の比をとることで分配係数を求めることができる。ここでいう溶解度は、SP 値を x 軸にとった場合のガウス波形分布関数によって求められる状態量(y)を指す。この pKD モデルには、Hildebrand SP 値のほか、この値を超臨界・亜臨界域へと独自に拡張したエントロピー型溶解度パラメータ(eSP値)1) を用いることができる。すなわち、化学構造に立脚した固体溶質の SP 値(あるいは eSP 値)と、状態方程式から求められる気液各相の溶媒の SP 値(あるいは eSP 値)さえわかれば、その固体溶質がもつ固有の分配係数が理論上、計算されることになる。
最近では、理論予測の精度をさらに高めた pKD model2) も公表したが、このモデルにいくつかの課題があることが最近わかってきた。本稿では、その課題を克服するため、「よりシンプルな数学的表現」を目指しながら「分配・溶解現象を忠実に表現する物理的意味の高い」新たな pKD-nano model の開発を検討することにした。結果として、常圧下における有機修飾無機ナノ粒子(Hybrid Nano Particle:HNP)の液液平衡比測定実験を題材に、より高い相関精度で表現できる pKD-nano model を新たに導くことができたので報告する。
まず、従来のオリジナルpKDモデル(pKD I model)について概説する。また、pKD I model に含まれる課題を抽出し、後述する pKD-nano model の開発に役立てる。
溶質が溶媒に溶解する現象を考える。一般に正則溶液論においては、前述したように、溶解度パラメータが互いに近いほど相互の溶解性は高まることになる。この現象をガウス波形分布関数で表現することを考える。このとき、気液各相の最大となる溶解度をピーク高さ a として、またピーク幅を分散 σとして表現すると(1)~(6)式のように表されることになる。
ここで、δS,V および δS,L は、気相および液相における溶媒の eSP 値、δS,Solute は溶質の eSP 値をそれぞれ示す。よほどのことがない限り、亜臨界溶媒(高圧気液平衡関係)において δS,Solute < δS,V という状況は想定されないため、ここではこのケースは割愛している。
① δS,V < δS,Solute < δS,L の相互関係では、
y'Solute = a exp(-
(δS,V - δS,Solute)2
2 σy2
) δS,V < δS,Solute (1)
x'Solute = a exp(-
(δS,L - δS,Solute)2
2 σx2
) δS,Solute < δS,L (2)
K'Solute =
y'Solute
x'Solute
=
exp(-
(δS,V - δS,Solute)2
2 σy2
)
exp(-
(δS,L - δS,Solute)2
2 σx2
)
(3)
② δS,V < δS,L < δS,Solute の相互関係では、
y'Solute = a exp(-
(δS,V - δS,Solute)2
2 σy2
) δS,V < δS,Solute (4)
x'Solute = a exp(-
(δS,L - δS,Solute)2
2 σx2
) δS,L < δS,Solute (5)
K'Solute =
y'Solute
x'Solute
=
exp(-
(δS,V - δS,Solute)2
2 σy2
)
exp(-
(δS,L - δS,Solute)2
2 σx2
)
(6)
ここで、気液平衡比 KSolute とこの K'Solute には次の関係があることを著者らは見出した。なお、pV および pL はそれぞれ気相および液相のモル密度、C,D および E は定数であり、C = 0.05970, D = -0.17373, E = -0.18215 として与えられる。
Ln KSolute = C ln K'Solute + D ln
pV
pL
+ E (7)
また、ホップエキス系の溶質成分の調査から、σy の変化量は σx に比べて小さく、σy = 61.39 (Pa/K)0.5 と固定すると、
ln σx = -0.001722 δS,Solute + 5.793 (8)
の関係にあることも見出されている2)。このように、pKD I model は、正則溶液論の視点から分配係数を理論的に予測するモデルとして構築された。今回、さらにシンプルで利便性の高いモデルの開発を目指し、本稿にて検討することにした。特に、本来であれば望ましいと考えられる KSolute と K'Solute の定量関係を 1:1 に持ち込むことを目指し、次に pKD-nano model の開発を検討することにした。
1) M. Ota, S. Sugahara, Y. Sato R. L. Smith, Jr., H. Inomata, Fluid Phase Equilibr., 434, 44-48 (2017).
2) M. Ota, Y. Ueno, U. Masato, A. Kuwahara, M. Watanabe, R. L. Smith, Jr., H. Inomata, Fluid Phase Equilibr., 569, 113762 (2023).