赤外分光法は、様々な物質(固体、液体、気体)中のある分子種などの化学結合状態を調べ、またそれらを定量的に評価できる有用な方法である1), 2)。しかしながら、通常の赤外分光装置で試料を測定するためには、粉体、KBr 錠剤や薄膜を作成するなどの試料の前処理が必要であった。減衰全反射赤外(Attenuated Total Reflection Infrared: ATR-IR)分光法は、高屈折率の ATR 結晶(Ge, Si, ZnSe, ダイヤモンドなど)の上に試料をのせるだけで赤外分光測定が可能であり、その試料準備の容易さから様々な固体液体試料の測定に利用されている1)-3)。後で詳しく解説するように、物質の最表面約 1 µm 程度の領域を非破壊で測定できるため、赤外吸収の強い固体や液体でも、単に ATR 結晶の上にのせるだけで測定できるという利点がある。しかし、得られる赤外スペクトルは、吸収帯の形状がゆがんでおり、また吸収強度が波数によって変化してしまうため、定量的な利用には注意が必要である1)-3)。市販の赤外分光計に付属するスペクトル解析ソフトウェアには ATR 補正という機能があるが、吸収帯形状のゆがみを一部修正してスペクトルサーチでライブラリの標準物質のピーク位置との比較ができるようにする目的であり、真に定量的な補正ができているわけではない。著者は主に大阪大学の研究室の学生達と共に、真に定量的な ATR 補正プログラムを開発し、実際のスペクトルの定量的な解析に利用してきた4), 5)。今回、日本分光のスペクトルマネージャのオプションソフトウェアとして「定量的 ATR 補正」機能として移植することができたので、それを用いた定量的な ATR 解析の実例をいくつか紹介する。
1) 田隅三生:赤外分光測定法―基礎と最新手法,日本分光学会編集委員会, 株式会社エスティジャパン, 201p. (2012)
2) 古川行夫:赤外分光法, 日本分光学会, 分光法シリーズ4, 講談社, 320p. (2018)
3) Bertie, J.E. and Eysel, H.H.: Applied Spectroscopy, 39 (3), 392-401 (1985)
4) Kitadai, N., Sawai, T., Tonoue, R., Nakashima, S., Katsura, M. and Fukushi, K.: Journal of Solution Chemistry, 43, 1055-1077 (2014)
5) Habuka, A., Yamada, T. and Nakashima, S.: Applied Spectroscopy, 27 (4), 767-779 (2020)
6) Benitez, J.J. et al.: J. Phys. D: Appl. Phys. 49, 175601 (2016)