速度論的パラメータは、ある可逆反応が平衡状態に達するまでの分子の挙動を議論することができ、平衡状態が前提になっている熱力学的パラメータよりも多くの情報を持っている。そのため、例えば核酸の一本鎖同士が結合し、最安定構造である二本鎖になる反応系において、速度論的パラメータを得ることができれば平衡論的パラメータを得ると同時に、反応プロセスを議論することも可能となる。このような情報は、核酸医薬品が標的mRNAに結合するまでの薬物動態を知ることができ、創薬において有用である。
一般的に、速度論的パラメータである速度定数kを求める手法としては、T-Jump、Stopped-Flowなどがある。しかしながら、いずれも必要サンプル量が多いため、量に限りがあるサンプルに適用することは非常に難しい。一方、熱力学的(平衡論的)パラメータを求める一般的な方法としてはUV融解測定がある。この測定法では、比較的少ないサンプル量で簡便に測定できるが、得られるのは熱力学的パラメータのみである。速度論的パラメータを簡便かつ少量のサンプルから得られる手法を確立できれば、核酸化学において非常に有用性が高いと考えられる。
我々はUV融解曲線のような簡便な測定から、速度論的パラメータを算出する手法について検討した。1992年に、分子内反応系について、ヒステリシスが生じたUV融解曲線を速度論的に解析することで正確な融解温度Tm並びに熱力学的パラメータを取得する方法が開発された1)。我々は、解析のための数式を改変することで、一本鎖から二本鎖が形成される分子間反応系でもこの手法が適応可能であると考えた。そこで本研究では、ヒステリシスを人為的に生じさせたUV融解曲線を速度論的に解析し、速度論的パラメータを求め、数値の妥当性について検討した。
今回の研究で検討した手法は、通常熱力学的パラメータを求めるUV融解曲線を速度論的に取り扱うことで簡便かつ少量のサンプルで速度論的パラメータを取得することが可能である。
1) Rougée M, Faucon B, Mergny JL, Barcelo F, Giovannangeli C, Garestier T, Hélène C.: Biochem., 31, 9269-9278 (1992)
