技術情報 Jasco Report 校正作業不要なデータベース利用型FT-IRガス分析 ─大気圧放電プラズマのガス分析を実例に─
Jasco Report

校正作業不要なデータベース利用型FT-IRガス分析 ─大気圧放電プラズマのガス分析を実例に─

東北大学 大学院工学研究科、エレフォーミングテクノロジー株式会社 佐々木渉太
エレフォーミングテクノロジー株式会社 髙島 圭介
Introduction

ガス分析は、多くの産業プロセスで欠かせないものであり、今後のさらなる工業化の進展と環境・健康規制の厳格化等により、より一層の需要拡大が見込まれている。本稿では、将来の新たなガス分析需要産業の創出に関連する学術研究の一つとして、筆者らがこれまで推進してきた大気圧プラズマ応用研究と、それに伴って開発された校正操作を不要とするフーリエ変換赤外線分光(FT-IR)に基づいたガス分析法について紹介する。

大気圧プラズマ応用研究が世界的に推進される背景の一つは、食糧生産やエネルギー問題に深く関連する窒素固定である。現在、世界の食糧生産の半分以上を支えるとされる化学肥料の内、特に窒素肥料は、主に産油国における化石燃料に依存したHarbor-Bosch法による窒素固定(アンモニア合成)を介して、輸送に適した尿素や各種の硝酸塩といった形で、日本に輸入されている1), 2)。これらは工業用の窒素原料として、アクリル樹脂合成を含む様々な化学合成プロセスに関与しているだけでなく、アンモニア火力発電を含む大幅な需要の増加が予測されている2), 3)。持続可能な社会の実現や、日本における地政学的リスク等によるエネルギー・食糧安全保障の観点から、化石燃料を利用する窒素固定に依存しない食糧生産システムへの転換が必要と考えられているが、既存技術と市場原理では実現困難であるとされている1)。今後の需要の増加は、産油国依存をさらに高め、国際情勢が食糧生産に及ぼす影響は今後さらに大きくなる可能性がある。

近年、再生可能エネルギーを用いて、空気・水など無尽蔵資源から農場で直接窒素肥料を生産可能な大気圧空気プラズマの利用が、新しい窒素固定法として注目されている。尚、ここで利用する再生可能エネルギーは、電力用電源として採算性がなく、日変動や時間変動が大きく且つ小規模の電源であり、現在活用が無く、その将来見込みの少ないエネルギー源を含むことが重要である。このような電源を有効利用してプラズマ反応場を生成する。プラズマ反応場では、気相プラズマ中の電子に選択的に電力を供給でき、高いエネルギーの電子を介して、極めて安定な窒素分子(N2)も低温で簡単に解離させる高い化学反応性を付与できる。これにより、空気中の窒素を窒素化合物に変換する窒素固定が 10 W 未満の小電力でも実現できるだけでなく、窒素より解離が容易な酸素・水・二酸化炭素の解離も引き起こすことができる。このため、HxNyOzやHxCyOzといった無数のガス種を、これら非偏在の豊富な原料から、消費地で変換することができる。特に着目されているガス変換技術としては、肥料としても利用可能な硝酸類の合成や水素フリーのアンモニア合成技術であるP/L(プラズマ/液体)反応4)、さらに燃料としてCO2からのメタン(CH4)合成などがある。

筆者らが、これらガス変換を電力のみで実現する研究を進めていく上で最も強力な測定ツールとして重宝したものがFT-IR吸収分光であった。上述の研究においては、空気や水からHxNyOzやHxCyOzに該当する様々なガス種が同時に生成され混合気となり、それらが気相で反応していく複雑な過程が伴う。この反応過程を理解することで、初めて所望のガスを合成できるようになるが、反応性の混合ガスを定量的に高頻度で再現性よく計測する必要がある。各種ガス分析装置は、一般に高純度ガスを用いた校正プロセスが必要であるが、これら研究で測定対象とするガス種はしばしば10種を超え、実験するまで何が含まれるか予測ができないことも多くあり、校正作業は大きな負担となる。さらに、標準ガスとして入手できないガス種や、爆発性・腐食性といった危険性を有する高圧ガスも多く、校正そのものの実施が困難な状況にもよく直面する。

FT-IR吸収分光は再現性が高く、同時に広帯域計測であるため、赤外活性の分子は、一度の計測で同時観測可能という特徴を有する。この特徴は、本研究に非常に適していたが、他のガス分析法と同様に校正作業の問題を抱えていた。これに加え、事前の予測に無いガス種の分析の必要性が実験中に判明した場合には、検量線を用いた分析手法は研究のスループットの向上を大きく制限する要因の一つとなる。例えば、分析対象となるガス種を変更・追加するために、ガス供給系を変更しなくてはならない場合も多くあり、研究を一時中断せざるを得ない状況にも陥る。

そこで、筆者らは、検量線作成(校正作業)の課題を解決するために、HITRANデータベース(The high-resolution transmission(HITRAN)molecular absorption database)5)を活用した、混合ガス分析アルゴリズム(後述)を開発した。この技術は、筆者らによって2024年8月に創業されたエレフォーミングテクノロジー株式会社より、ガス分析用ソフトウェアとして販売されている「FTIR Analyzer PRO」6)の基盤技術となっている。この製品版では、対象ガス種が大きく拡張されており、HxNyOzやHxCyOzに加えて含硫ガス(SOxなど)・フッ素系ガス(PFAS系含む)を含む500種以上のガス種に対応している。

当該手法は、分析対象ガス種をデータベースから選択するだけであり、反応経路にガスセルを導入することで、実験者がガス組成を判定し、様々なパラメータをその場で調整することができるため、研究のスループット向上に大きく寄与してきた。次章以降ではより具体的に、当該アルゴリズムの概要と、筆者らが推進してきた、大気圧下における空気・水を原料とするプラズマが生成する化学種およびその反応過程の研究、窒素肥料である硝酸の生成過程と誘導される化学反応の解明 7)-10)、空気のみからの無水硝酸(五酸化二窒素)の選択合成11)、さらにそれらプラズマ合成ガスを用いた窒素施肥効果12), 13)や、殺菌や病害抵抗性誘導など14)-18)、の研究を紹介し、データベース利用型のFT-IR吸収分光法によるガス組成分析の利点や特徴を述べる。

1) International Energy Agency (IEA) 2021 Ammonia Technology Roadmap (Paris, France)
2) 「肥料をめぐる情勢」,農林水産省 令和4年4月
3) 「我が国の燃料アンモニア導入・拡大に向けた取組について」 資源エネルギー庁 2021年5月
4) S. Yoshida, N. Murakami, K. Takashima, Y. Takatsuji, and T. Haruyama: J. Phys. Chem. A, 129(37), 8664-8674 (2025).
5) I. E. Gordon, L. S. Rothman, R. J. Hargreaves, R. Hashemi, E. V. Karlovets, F. M. Skinner, E. K. Conway, C. Hill, R. V. Kochanov, Y. Tan, P. Wcisło, A. A. Finenko, K. Nelson, P. F. Bernath, M. Birk, V. Boudon, A. Campargue, K. V. Chance, A. Coustenis, B. J. Drouin, J.-M. ; Flaud, R. R. Gamache, J. T. Hodges, D. Jacquemart, E. J. Mlawer, A. V. Nikitin, V. I. Perevalov, M. Rotger, J. Tennyson, G. C. Toon, H. Tran, V. G. Tyuterev, E. M. Adkins, A. Baker, A. Barbe, E. Canè, A. G. Császár, A. Dudaryonok, O. Egorov, A. J. Fleisher, H. Fleurbaey, A. Foltynowicz, T. Furtenbacher, J. J. Harrison, J.-M. Hartmann, V.-M. Horneman, X. Huang, T. Karman, J. Karns, S. Kassi, I. Kleiner, V. Kofman, F. Kwabia-Tchana, N. N. Lavrentieva, T. J. Lee, D. A. Long, A. A. Lukashevskaya, O. M. Lyulin, V. Yu. Makhnev, W. Matt, S. T. Massie, M. Melosso, S. N. Mikhailenko, D. Mondelain, H. S. P. Müller, O. V. Naumenko, A. Perrin, O. L. Polyansky, E. Raddaoui, P. L. Raston, Z. D. Reed, M. Rey, C. Richard, R. Tóbiás, I. Sadiek, D. W. Schwenke, E. Starikova, K. Sung, F. Tamassia, S. A. Tashkun, J. Vander Auwera, I. A. Vasilenko, A. A. Vigasin, G. L. Villanueva, B. Vispoel, G. Wagner, A. Yachmenev, and S. N. Yurchenko: J. Quant. Spectrosc. Radiat. Transfer 277, 107949 (2022).
6) FTIR Analyzer PRO (エレフォーミングテクノロジー株式会社). https://www.eleforming-tech.com/product/ftir
7) Y. Kimura, K. Takashima, S. Sasaki, and T. Kaneko: J. Phys. D: Appl. Phys., 52(6), 064003 (2019).
8) K. Shimada, K. Takashima, Y. Kimura, K. Nihei, H. Konishi, and T. Kaneko: Plasma Process. Polym., 17(1), e1900004 (2020).
9) K. Takashima, Y. Hu, T. Goto, S. Sasaki, and T. Kaneko: J. Phys. D: Appl. Phys., 53(35), 354004 (2020).
10) T. Kaneko, K. Takashima, and S. Sasaki: Plasma Chem. Plasma Process., 44, 1165-1201, (2024).
11) S. Sasaki, K. Takashima, and T. Kaneko: Ind. Eng. Chem. Res., 60(1), 798-801 (2021).
12) S. Takeshi, K. Takashima, S. Sasaki, A. Higashitani, and T. Kaneko: Plasma Process. Polym., 21(10), e2400096 (2024).
13) T. Yamanashi, S. Takeshi, S. Sasaki, K. Takashima, T. Kaneko, Y. Ishimaru, and N. Uozumi : Plant Mol. Biol., 114(2), 35 (2024).
14) D. Tsukidate D, K. Takashima, S. Sasaki, S. Miyashita, T. Kaneko, H. Takahashi, and S. Ando: PLoS One, 17(6), e0269863 (2022).
15) S. Sasaki, H. Iwamoto, K. Takashima, M. Toyota, A. Higashitani, and T. Kaneko: PLOS ONE 20 (2025) e0318757.
16) R. Tateishi, N. Ogawa-Kishida, N. Fujii, Y. Nagata, Y. Ohtsubo, S. Sasaki, K. Takashima, T. Kaneko, and A. Higashitani : Sci. Rep., 14(1), 12759 (2024).
17) S. E. Hanbal, K. Takashima, S. Miyashita, S. Ando, K. Ito, M. M Elsharkawy, T. Kaneko, and H. Takahashi: Arch Virol., 163(10), 2835-2840 (2018).
18) H. Takahashi, K. Takashima, S. Miyashita, S. Sasaki, A. A. Derib, K. Kato, Y. Kanayama, and T. Kaneko: Horticulturae, 11(3), 276 (2025).