ラマン分光法 アプリケーション集

ラマン分光法による二次元材料の測定

二次元材料とは

二次元材料とは、厚さが原子1~数層程度しかない極めて薄いシート状の材料を指します。原子が平面的に並んだ層状構造を持ち、面内(層内)は強い共有結合で結ばれますが、層と層の間は弱いファンデルワールス力で結合しています。そのためテープで剥がすような方法でバルク(かたまり)から単原子層を剥離することが可能です。
二次元材料は原子レベルの薄さゆえ、バルク材料にはないユニークな物性を示します。層内の強い結合と層間の弱い結合に起因して、電気伝導・光吸収・機械強度などで極限的な性能を発揮します。さらに、全原子が表面に露出しているため表面積あたりの反応性が非常に高く、センサーや触媒に適しています。

グラフェン

炭素原子が蜂の巣状(六角格子)に配列したシートで、半金属的性質を持ちます。電子の移動度や熱伝導度が非常に高く、機械的にも強靭です。

遷移金属ダイカルコゲナイド

MoS2(硫化モリブデン)やWS2(硫化タングステン)などが該当し、半導体の特性を示します。単層と多層で電子状態が大きく異なり、例えば多層のMoS2は約1.2 eVの間接バンドギャップを持ちますが、単層にすると約1.2 eVの直接バンドギャップに変化し、光学的・電気的特性が変わります。

六方晶窒化ホウ素

窒素とホウ素からなる二次元シートで、ワイドバンドギャップ(絶縁体)です。高い熱伝導性と機械的安定性を持ち、他の二次元材料の基板や保護膜としても役立ちます。

その他の二次元材料

シリセン(シリコン由来)やゲルマネン(ゲルマニウム由来)といった「Xene」系、黒リン(フォスフォレンと呼ばれる、リンからなるシート)、最近注目のMXene(遷移金属炭化物/窒化物)など、多くの種類が研究されています。黒リンは特に面内方向によって電気伝導や光学応答が異なる異方的特性で知られます。

グラフェンの分析事例

HOPG(Highly Oriented Pyrolytic Graphite)を粘着テープではがし、Si 基板に貼り付けたサンプルをラマンイメージングした結果を示します。多層グラフェンや単層グラフェンが分布しているのが分かります。グラフェンの層数はラマン分光によって非破壊で評価可能です。特に 2Dバンド(G'バンド)は層数に対して高い感度を示し、グラフェンの構造情報を明確に反映します。
サンプリング例
2D/G バンドピーク高さ比
Fig.1 2D/G バンドピーク高さ比
多層グラフェンから単層グラフェンのスペクトルの違い
Fig.2 多層グラフェンから単層グラフェンのスペクトルの違い

多層グラフェンから単層グラフェンに近づくにつれて、ラマンスペクトルには以下のような変化が現れます。

  • 2Dバンドの形状が大きく変化
    多層では複数のピークが重なった広く非対称な形状を示しますが、単層になると鋭く対称な単一ピークに変化します。
  • 2Dバンドの強度が増加
    単層グラフェンでは、2Dバンドの強度がGバンドを上回り、I2D / IG > 2 となります。これは単層の代表的な指標です。
  • Gバンドは比較的安定
    Gバンドは層数の影響をあまり受けませんが、ドーピングやひずみによって微小なシフトが生じる場合があります。

サンプルは横浜市立大学大学院 橘勝先生からご提供いただきました。

MoS2 のラマン分析事例

グラフェンに続く原子膜材料として注目される硫化モリブデン(MoS2)は、次々世代トランジスタ材料としても注目されています。Fig.3に応力によるピークシフト変化(E12g)のイメージング測定の結果を示します。MoS2 のラマンスペクトルは層数・応力によりピークがシフトします。
一般的に、層数が増えると低波数側へシフトすることが確認されています。ラマンピーク位置は、バルクの MoS2 だと約 382 cm-1 です。

MoS2の観察画像、ラマンイメージング
Fig.3 385 cm-1(E12g)ピーク中心波数色分け図(532 nm 励起)
MoS2の観察画像、PL/ラマンイメージング
Fig.4 MoS2 のラマンスペクトル

サンプルは千葉大学 工学部 青木伸之先生からご提供いただきました。

MXene のラマン分析事例

MXene(Ti3C2Txなど)は、その高い導電性と表面修飾性により、次世代の触媒材料、エネルギーデバイス、センサーなど多様な用途で注目されています。これらの応用展開において重要なのが、MXene の表面に導入される官能基や修飾分子の影響です。

Table.1 ラマン分光でできること
評価項目 ラマン分光による確認方法
官能基の導入有無 新規ピークの出現・既存ピークの変化
結晶性の保持/劣化 GD 比、D バンドの幅(FWHM)
処理条件の違いによる影響 スペクトル全体の比較(差スペクトルなど)

表面装飾とは?

MXene は、エッチング後の表面に –OH、–F、–O などの官能基を自然に持ちますが、さらに反応性の高いシランカップリング剤(例:Aptes、MPTES、MPTMS)やアミノ基、チオール基などを化学的に導入することで、機能化が可能です。
これらの表面装飾によって、

  • 分散性
  • 電荷伝達性
  • 分子吸着特性
  • 化学的安定性
などが向上し、デバイスや触媒の性能に大きく影響します。

表面装飾の違いによるラマンスペクトル
Fig.5 表面装飾の違いによるラマンスペクトル

ラマン分光は表面修飾の変化を捉える

MXene の表面装飾によって、ラマンスペクトルには主に以下のような変化が現れます。

  • GバンドとDバンドの強度比(GD比)の変化
    官能基修飾により、sp2 構造が一部 sp3 に転化したり、表面に歪みが生じると、D バンドが増大し、GD 比が低下する傾向があります。これにより、修飾による構造変化や欠陥導入の程度を評価できます。
    Gバンド(~1580 cm-1):秩序あるsp2炭素構造
    Dバンド(~1350 cm⁻¹):欠陥・エッジ・不規則な構造
カーブフィッティングによる GD 比の算出
Fig.6 カーブフィッティングによる GD 比の算出
  • 新たなピークの出現
    Si–O–Ti 結合などの振動が、新たなラマン活性モードとして現れる場合があります。
  • ピークのシフトや幅の変化
    表面電荷の変化や局所的な電子環境の変化によって、ピーク位置の微小なシフト(数cm-1)やピーク幅(FWHM)の変化が生じることもあります。これらは官能基導入後の応力状態や電子ドーピングの指標となり得ます。

サンプルは Texas A&M International University の Alfred K. Addo-Mensah 先生からご提供いただきました。