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表面増強ラマン分光法を用いたリチウムイオン電池内部の固液界面の Operando 局所解析

リチウムイオン二次電池とその材料

現行の一般的なリチウムイオン二次電池は、負極活物質として黒鉛(Graphite)が、正極活物質としてリチウム遷移金属複合酸化物(LMO)が広く用いられており、それらがイオン半透膜であるセパレータを介して電解液に浸漬されている構造となっている(Fig.1)。

現行 LIB(Graphite / LMO 系)の充電中の動作概念図
Fig.1 現行 LIB(Graphite / LMO 系)の充電中の動作概念図


充電過程ではLMOに含有される Li+ が電気化学的に引き抜きを受け、Graphite の層間に挿入されることでエネルギーを蓄える仕組みである。放電時は逆の過程で LMO に Li を戻す際に蓄えた電気エネルギーを取り出す機構である。エネルギー創出の起源は固体である活物質材料と液体である電解液の「固液界面」であることが分かる。
M には一般的に Ni, Co, Mn などの遷移金属が用いられているが、Co 等のレアメタルの価格高騰などのリスクが懸念されており、Mn や Fe 系等の低コスト材料の開発なども盛んにおこなわれている1)。コスト以外の課題としては、高温時に発熱反応を示して熱暴走に至りやすい点や酸素ラジカル発生に伴う電解液への引火リスク2)、金属元素が重いために材料重量当たりのエネルギー密度が低くなる(~150 mAh g-1)点などが挙げられる。
それらの課題を解決し得る正極活物質として注目されている材料の1つに「有機正極活物質材料」がある。有機正極活物質とは、文字通り有機化合物からなる活物質で、分子の酸化還元反応やラジカル反応を利用して Li+ を吸蔵・放出する機構である3)。活物質材料が有機分子から成る為、材料重量当たりのエネルギー密度が比較的大きくなるメリットがある。また、熱分解時には吸熱反応を示す分子もあり4)、その分子設計の自由度の高さが魅力である。

1) S. B. Chikkannanavar, D. M. Bernardi, and L. Liu, L., J. Power Sources, 248 (2014) 91.
2) X. Feng, M. Ouyang, X. Liu, L. Lu, Y. Xia, X. He, Energy Storage Mater., 10 (2018) 246.
3) D. L. Williams, J. J. Byrne, and J. S. Driscoll, J. Electrochem. Soc., 116 (1969) 2.
4) M. Yao, H. Ando, R. Kataoka, T. Kiyobayashi, and N. Takeichi, PRiME Meet. Abstr., MA2016-02 #303.

有機正極活物質

有機正極活物質のうち、典型的であり、かつ、LMO に対して高容量を示す有機材料群にキノン類がある。 代表的な単位ユニットは 1,4-p-ベンゾキノン(1,4-p-benzoquinone: BQ, Fig.2)であり、その理論容量は ~500 mAh g-1 と LIB の高エネルギー密度化が期待できる。

Lithiation/de-lithiation reaction of 1,4-p-benzoquinone (BQ).
Fig.2 Lithiation/de-lithiation reaction of 1,4-p-benzoquinone (BQ).


一方で、BQ をはじめとする低分子量材料は電解液への溶解性が高く、電解液中での電極構造を保持できない課題があり、材料開発・実用化の分野においては置換基導入やポリマー化などの高分子量化が広く検討されている3-5)。これらの高分子量化はエネルギー密度を低下する方向に作用するが、八尾・佐野らの研究では、置換基導入した BQ 分子において、電解液への溶解を抑制しつつ、~250 mAh g-1 の高容量を示す材料系も提案がなされている4,5)
実用面ではこれらの材料開発が進められている一方で、上記の溶解度の問題から、基礎ユニットである BQ 分子が電解液との界面において、どのように Li+ を吸蔵・放出(すなわち、放電・充電)するのかという微視的な知見はほとんど得られていない。今後の更なる高性能化の為の分子設計指針を得るためには、この微視的描像を無視することはできない。
そこで我々は「① BQ 分子を電極上に均一に単分子層(自己組織化(SAM)膜)として固定化(モデル電極の構築)」し、「② 電池動作中の環境下で状態解析(Operando 解析)」することによって、電解液/ BQ 分子界面の微視的描像の理解に取り組んだ結果6)の一部を以下に紹介する。

3) D. L. Williams, J. J. Byrne, and J. S. Driscoll, J. Electrochem. Soc., 116 (1969) 2.
4) M. Yao, H. Ando, R. Kataoka, T. Kiyobayashi, and N. Takeichi, PRiME Meet. Abstr., MA2016-02 #303.
5) H. Sano, N. Takeichi, M. Kato, M. Shikano, T. Kiyobayashi, H. Matsumoto, S. Kuwabata, and M. Yao, ChemSusChem, 13 (2020) 2354.
6) Y. Morino and K. Fukui, Langmuir, 38 (2022) 3951.

固液界面における LIB 動作中の Operando 解析 ~Operando SHINERS 測定6)

ここでは、Operando SHINERS(shell-isolated nanoparticle-enhanced Raman spectroscopy) 測定について示す。SHINERS 法は、絶縁体で覆われた Au ナノ粒子を Au 電極基板に分散して配置することにより、Au ナノ粒子と Au 電極で挟まれた領域でラマン強度を増強して観測するものである。測定には日本分光社製 NRS-3100 を用い(現在はその後継機 NRS-5500 が販売(Fig.3))、内部に Operando 測定用の密閉式の電気化学セル測定系を構築した(Fig.4)。
対物レンズは電気化学セル内部のサンプルに焦点を合わせることが出来るように長作動タイプ(LMPLFLN50x, N. A. 0.5, Olympus 社製)を用いた。
励起レーザーは用いた Au ナノ粒子の粒径が ~100 nm であることから、プラズモン吸収が起こりやすい波長である 633 nm を選択した7)
セル内部には、作用極(観察極)に Au ナノ粒子担持した BQ-C6 SAM、対極として Li wire、参照極に Pt wire を配置し、電解液に 1 M Li-TFSI / G3 を用いた3極式セルの構成で Operando SHINERS 測定を実施した。
電気化学セルの組立作業はすべて露点温度 -80 °C 以下の低水分のアルゴン雰囲気グローブボックス内で実施した。

ラマン分光光度計 NRS-5500
Fig.3 ラマン分光光度計 NRS-5500
Operando SHINERS measure-ment cell.
Side view with wirings connected in the apparatus.
Fig.4 Schematic illustration of (a) operando SHINERS measurement cell and (b) photo of side view with wirings connected in the apparatus. The BQ-C6 SAM sample as a working electrode, a Pt wire as a counter electrode, and a lithium metal as a reference electrode were connected.

6) Y. Morino and K. Fukui, Langmuir, 38 (2022) 3951.
7) 石倉, 鈴木, 二又, 表面科学, 36 (2015) 363.


Fig.5 は Operando SHINERS 測定と同時に測定した CV 曲線とそれに対応する電位におけるカルボニル基由来のピークが現れる領域のラマンスペクトルを示している。
CV の各ピーク位置に合わせた電位で測定した各ラマンスペクトルにおいては以下のような変化が見られた。

  • Region (1):スペクトル形状の変化なし
  • Region (2-1):メインピークA(~1580 cm-1)の微減、新ピークB(~1480 cm-1)の出現
  • Region (2-2):ピークBの消失、メインピークがA→C(~1520 cm-1)にシフト
  • Region (3):Region (2-1) および (2-2) で見られた変化が同時に initial の状態に戻る変化

CV curve during operando SHINERS measurements. The pointed regions indicate the acquisition regions roughly deconvoluted from the peak fitting by the simple Gaussian function. The open-circuit potentials before and after CV were 3.81 (black circle) and 3.80 V vs. Li/Li+ (red circle), respectively.
Operando SHINERS spectra in the region of peaks from the BQ carbonyl group.
Fig.5 (a)CV curve during operando SHINERS measurements. The pointed regions indicate the acquisition regions roughly deconvoluted from the peak fitting by the simple Gaussian function. The open-circuit potentials before and after CV were 3.81 (black circle) and 3.80 V vs. Li/Li (red circle), respectively. (b)Operando SHINERS spectra in the region of peaks from the BQ carbonyl group.


これらの各ピーク A、B、C は密度汎関数理論(Density functional theory: DFT)を用いた分子振動シミュレーションの結果から、それぞれ [BQ(0)]、[BQ•-][Li+]、[BQ2-][Li+]2 と帰属された6)。この SHINERS スペクトルの変遷は、BQ の酸化還元反応の非対称性をより直接的な分子振動スペクトルとしてとらえることができたものである。
言い換えると、BQ の2段階のリチオ化/脱リチオ化反応において、今回用いた電解液中では、リチオ化は Stepwise に進行し、脱リチオ化は Simultaneous に進行した(Fig.6)。

Lithiation/de-lithiation reaction of 1,4-p-benzoquinone (BQ).
Fig.6 Schematic illustration of the asymmetric redox reaction of BQ molecule on the SAM electrode carrying BQ molecules in the electrolyte of 1 M LiTFSI/G3.


このような手法を応用すれば、分子骨格の違いや電解液構造の違いによる分子レベルでの反応・構造変化をとらえ、材料開発・電池開発により本質的なフィードバックをもたらすことができると考えている。

6) Y. Morino and K. Fukui, Langmuir, 38 (2022) 3951.

詳細に関しては、Jasco Report Vol.64 No.2『表面増強ラマン分光法を用いたリチウムイオン電池内部の固液界面の Operando 局所解析』(著者:森野裕介*、福井賢一* *:大阪大学大学院 基礎工学研究科 所属は発行時)をご参照ください。
以下よりダウンロードできます。

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