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トピックス

赤外ATR法を用いた食品中のトランス脂肪酸の簡便な定量分析

概要

トランス脂肪酸は液体の油を固化させる際に生じ、食品の硬化油に含まれています。トランス脂肪酸の過剰な摂取は、血中LDL(悪玉)コレステロールを上昇させ、HDL(善玉)コレステロールを低下させることにより虚血性心疾患発症のリスクを高めることが報告されるなど、近年健康への影響が懸念されています。FAO(国連食料農業機関)・WHO(国連世界保健機関)合同専門家協議会の報告書では、トランス脂肪酸の摂取量はエネルギー比で1%未満とすることが提唱されています。日本においては、平成23年2月21日付で消費者庁が「トランス脂肪酸の情報開示に関する指針」を公表し、食品事業者に対してトランス脂肪酸を含む脂質に関する情報を自主的に開示する取組を進めるよう要請しています。このように、食品中のトランス脂肪酸含有量を測定することは重要になってきています。
トランス脂肪酸の例
図1 食品の硬化油に含まれるトランス脂肪酸
トランス脂肪酸含有量測定に関し、消費者庁では「米国油化学会(AOCS):AOSC Ce1h-05」または「AOAC(公的分析化学者協会)インターナショナル(AOACI):AOAC996.06」(いずれもガスクロマトグラフ法)、もしくはこれらと同等の性能を有する分析法で行うように求めています。しかしGCを用いた方法は、試料の分離抽出やエステル化といった煩雑な処理が必要で、時間とコストがかかるという課題があります。これを解消する測定手法としてAOACでは、赤外分光法のATRを利用した公定法AOAC 2000.10を定めました。

測定手法

公定法AOAC 2000.10は、油脂を完全に融解させるためにATRプリズムを65℃に加熱して測定を行い、検量線作成ならびに未知試料の定量を行う手法です。定量にあたっては、天然の油脂に多く含まれるシス体とトランス脂肪酸(トランス体)の持つ赤外吸収ピークが1000cm−1~600cm−1の領域で異なることを用いています。なお、公定法では1000cm−1~600cm−1以外の領域ではほぼ同じ吸収スペクトルを持つ、シス体のトリオレイン(赤)とトランス体のトリエライジン(緑)を標準試料として用いています。
トランス体のIRスペクトル
図2 トランス体(緑)とシス体(赤)のIRスペクトル
[測定条件]
測定装置 FT/IR-6100+加熱型1回反射ATR(Diamond)
検出器 DLATGS
分解能 4cm−1
積算回数 64回
測定温度 65±2℃
標準試料 トリオレイン・トリエライジン(トリエライジン配合率: 0.5, 1, 5, 10, 20, 30, 40, 50%)
測定試料 下表参照(サンプル量: 50µL以下)

測定結果

トランス体のスペクトルの966cm−1近傍にはC-H変角振動の吸収ピークがあり、公定法ではこの近傍のピーク面積を定量に用いています。定量プログラムを用いて作成した検量線を図3に示します。図3の検量線を用いて、市販の油脂を定量した結果を表1に示します。一般にマーガリンは1~10%程度トランス脂肪酸を含み、オリーブ油やゴマ油はトランス脂肪酸をほとんど含まないとされています。このようにATR法を用いることで種々の食品の油脂に含まれるトランス脂肪酸を煩雑な処理を行わずに、簡単かつ迅速に定量することができます。
トランス脂肪酸濃度
図3 作成した検量線
表1 各食品中のトランス脂肪酸含有率
各食品中のトランス脂肪酸含有率