技術情報 Jasco Report ポリエステル繊維のゲルろ過クロマトグラフィーによる法科学的異同識別法の開発
Jasco Report

ポリエステル繊維のゲルろ過クロマトグラフィーによる法科学的異同識別法の開発

Introduction

法科学研究者は、犯罪の巧妙化、広域化、狂暴化に対応すべく、実際の事件鑑定で使えるように、検査法を標準化し、従来検査法を改良し、新規な検査法を開発しているが、特に化学分野においては、薬毒物の法中毒学的分析、微細証拠資料の異同識別が主要な研究対象となっている。後者に関しては、様々な形態の資料が実鑑定では扱われ、人工物(工業製品)では単繊維やガラス片、塗膜など、天然物では土砂、植物片などが検査対象となる。現場で採取された資料が、被疑者/被害者に由来する、すなわち両資料が同一であれば、被疑者/被害者が犯罪現場にいた証拠となり、犯罪を立証する必要条件となる。資料の同一性に関しては、各種検査を通して、形態のみならず数種類の材質データが同じであれば同一と判断しているが、理論上は検査項目を無限に増やさない限り同一の結論に至るのは難しく、便宜的に類似や同種と結論していることが多い。すなわち、従来の法科学的異同識別検査法では技術的な限界があるために、本来は異なっているものを同種・類似と結論している鑑定を、さらに高度で精緻な検査法を実施して、正しい異同識別結果に導くことが求められる。特に、重要事件においては科学捜査の真価が問われることになる。学術面のみならず公判の場においても戦える異同識別法を使うことにより、より確実に同一の結論が導き出せれば、信頼性、効率性の面で科学捜査力は向上する。科学技術の進展とともに、新たな証拠資料の異同識別指標が発見・開拓され、分析装置の性能は格段に向上し、場合によっては画期的な原理に基づく分析法が新たに登場し、従来の鑑定では異同識別の結論が出なかった事象が、正しい結論に導け、事件は速やかにかつ確実に解決に至る。

筆者は、科学警察研究所の化学部門において、法科学・危機管理研究、刑事事件に係る鑑定・検査、科学捜査を担当する職員の研修・指導を職務としてきた。研究では、揮発性毒物の分析法や化学兵器用剤の現場検知法などの法科学・危機管理技術開発を行ってきた。日本分光製装置に関しては、蛍光検出高速液体クロマトグラフィー(LC)法を用いた高感度糖鎖検出、円二色性分散計を用いたヘモグロビン構造の解析、可視分光光度計を用いた血液中一酸化炭素濃度の測定法開発、フーリエ変換赤外(FT/IR)分光光度計を用いた光触媒による化学兵器用剤の分解機構の解析などを実施してきた。理化学研究所では、放射光の法科学応用を目指して、広角X線回折(WAXD)・小角X線散乱(SAXS)分析によるポリエステル繊維の異同識別、走査型X線蛍光顕微鏡観察・イメージングX線吸収微細構造(XAFS)解析による毛髪中薬物の分布解析、FT/IR分光イメージング・イメージングXAFS解析による薬物粉末の異同識別、単結晶X線回折分析による違法薬物/代謝物の構造解析、軟X線吸収分光イメージングによる指紋の検出に関して研究開発を行っている。法科学分析の前段階とするラボ分析技術も開発しており、各種(生物、偏光、蛍光、共焦点レーザー、走査型電子)顕微鏡観察、全反射蛍光X線(XRF)分析、顕微FT/IR分光分析、誘導結合プラズマ(ICP)原子発光分析や、放射光分析では対応できないLC-質量分析(MS)、ガクロマトグラフィー(GC)-MS、顕微ラマン分光分析の開発も行い、総合的な法科学技術体制の確立を目指している。今回は、ゲルろ過クロマトグラフィー(GPC、サイズ排除クロマトグラフィー(SEC))分析によるポリエステル繊維の異同識別法1), 2)に関して報告する。

この Jasco Report をダウンロードする

1) R. Matsushita, S. Watanabe, T. Iwai, T. Nakanishi, M. Takatsu, S. Honda, K. Funaki, T. Ishikawa & Y. Seto: Forensic discrimination of polyester fibers using gel permeation chromatography. Forensic Chem., 30, 100428 (2022)
2) R. Matsushita, T. Nakanishi, S. Watanabe, T. Iwai, M. Takatsu, S. Honda, K. Funaki, T. Ishikawa, Y. Seto: Effect of machine washing on the chromatography parameters of polyester fiber gel permeation. ACS Omega 7, 38789-38795 (2022)