技術情報 Jasco Report 赤外分光法と主成分分析による日本酒の特性評価
Jasco Report

赤外分光法と主成分分析による日本酒の特性評価

城西大学 薬学部薬学科 栄養治療学研究室 上田 彩瑛
城西大学 薬学部薬学科 栄養治療学研究室 井上  裕
Introduction

近年、食品や生薬の品質を評価するための手法の一つとして核磁気共鳴法(NMR法)による主成分分析が行われている1)。例えば鈴木らは、シャクヤクの根のメタノール抽出物について、1H-NMRスペクトルの主成分分析および階層的クラスター分析により、日本と中国のシャクヤクの根の代謝プロファイルに明確な違いがあることを明らかにした2)。このように、食品や生薬には様々な成分が入り混じっており、その機能性はそれらの成分が相互に作用することにより発揮されている。NMR法により得られた食品や生薬のスペクトルそのものは、混合成分であるため一見複雑である。そこで適切な解析手法を組み合わせることにより、成分に関する情報を総合的にかつ包括的に捉えることができる。解析手法の一つである主成分分析は、情報量の多いデータから多元的に傾向の類似をまとめて新たな主成分を合成することで得られた寄与率、主成分得点、負荷量などの情報から解析を行うことで、元データの違いを見やすくすることが可能である3)

FT-IR法は古くから分子運動の解析により有機合成分野での解析に用いられてきた。また、赤外分光法における固体試料の測定法は、従来、KBr打錠法による透過法などが用いられてきた。近年、FT-IR法は食品分野や生薬関連製品の品質評価に利用される測定法の一つとして用いられている4), 5)。また、打錠形成することなく透過吸収スペクトルと類似のスペクトルを得られる手法としてattenuated total reflection(ATR)法が普及している。ATR法は非破壊的であり、クリスタル上に密着するよう試料を設置する。高屈折率のクリスタル側から低屈折率の試料側へ赤外光を入射させ、全反射した光を検出することで、透過法に類似したIRスペクトルを得ることができる。ATR法の測定は、試料をクリスタルに密着させるのみであるため、数分でサンプリング、測定、解析までの一連の流れを終了することができる。打錠法と異なり手間が少なく、サンプルも回収可能である。また、測定に必要なサンプル量も少量であるため、簡便に測定が可能である。

日本で親しまれるアルコール飲料の一つに、伝統的な酒造りから製造される日本酒がある。その製造は、糖化とアルコール発酵という複雑な過程を辿ることから、日本酒は糖質、アミノ酸、有機酸、および芳香族化合物などの栄養素を豊富に含んでいる6)‐8)。自然界には様々な糖質が存在し、例えばD-グルコースは、日常生活のエネルギー源である9)。希少糖のD-アロースは、D-グルコースと構造が類似しており、食後の血糖値を調節するSodium glucose cotransporter (SGLT1)を介した腸吸収に関してグルコースと競合することが知られている10)。そのため、Glucose transporter(GLUT5)では吸収されず、血糖値の上昇を抑える可能性がある。ラフィノースは、ガラクトース・グルコース・フルクトースが連なった三糖であり、穀物、豆類、野菜、果実など高等植物に広く存在する11)。機能性としてヒトの腸内において腸内細菌叢バランスを改善することが報告されている12), 13)。さらに日本酒は米を原料とする発酵食品であることから、アミノ酸やフェノール化合物、美白作用を持つコウジ酸など多くの成分を含む14)-16)。例えば、分岐鎖アミノ酸であるバリンやロイシンは筋肉タンパク質の合成を促進する必須アミノ酸であり、グルタミン酸は旨味成分として知られる非必須アミノ酸である17), 18)。また、フェノール酸の一つであるフェルラ酸は、米に存在する抗酸化物質として知られている19)

日本酒は製品ごとに原料である酒米の品種や麹菌および酵母が異なることから、その特性は異なることが予想される。そのため、固体サンプルを得ることにより簡便に測定が可能であるATR-FT-IR法と主成分分析および、物理化学的手法による評価を実施することにより、日本酒の特性を評価することは可能であると考えられる。そこで糖質およびアミノ酸の定量、テクスチャー試験、核磁気共鳴スペクトル測定、抗酸化試験、赤外分光法および主成分分析を実施し、日本酒の特性を評価することとした。

1) A. Palmioli, D. Alberici, C. Ciaramelli and C. Airoldi: Food Chem., 15, 127025 (2020)
2) Y. Ueno, R. Suzuki and M. Kitamura: Chem Pharm Bull (Tokyo)., 70, 859-862 (2022)
3) M. A. Farag, A. Porzel and L. A. Wessjohann: Phytochemistry., 76, 60-72 (2012)
4) H. Pan., M. Li, T. Liu and H. Qi: Food Chem., 15, 134229 (2023)
5) M. S. M. Saleh, M. J. Siddiqui, S. Z. Mat So’ad, F. O. Roheem, S. Saidi-Besbes and A. Khatib: Molecules., 13, 1434 (2018)
6) A. J. Das, P. Khawas, T. Miyaji and S. C. Deka: Journal of the Institute of Brewing., 120, 244-252 (2014)
7) M. Tokuoka, C. Honda, A. Totsuka, H. Shindo and M. Hosaka: J Biosci Bioeng., 124, 171-177 (2017)
8) N. Mimura, A. Isogai, K. Iwashita, T. Bamba and E. Fukusaki: J Biosci Bioeng., 118, 406-14 (2014)
9) X. Remesar and M. Alemany: Int J Mol Sci., 21, 7729 (2020)
10) K. Kishida, T. Iida, T. Yamada and Y. Toyoda: Metabol Open., 11, 100112 (2021)
11) M. Muzquiz, C. Burbano, M. M. Pedrosa, W. Folkman and K. Gulewicz: Industrial Crops and Products., 9, 183-188 (1999)
12) B. Zartl, K. Silberbauer, R. Loeppert, H. Viernstein, W. Praznik and M. Mueller: Food Funct., 9, 1638-1646 (2018)
13) W. M. U. Fernando, J. E. Hill, G. A. Zello, R. T. Tyler, W. J. Dahl and A. G. Van Kessel: Benef Microbes., 1, 197-207 (2010)
14) M. Okuda: Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry., 83, 1428-1441 (2019)
15) Y. Gogami, K. Okada and T. Oikawa: J Chromatogr B Analyt Technol Biomed Life Sci., 879, 3259-67 (2011)
16) R. Bentley: Nat Prod Rep., 23, 1046-62 (2006)
17) C. S. Santos and F. E. L. Nascimento: Einstein (Sao Paulo)., 17, eRB4898 (2019)
18) K. Kurihara: Am J Clin Nutr., 90, 719S-722S (2009)
19) T. Ito, N. Suzuki, A. Nakayama, M. Ito and K. Hashizume: J Biosci Bioeng., 118, 640-5 (2014)