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トピックス

円二色性分散計を用いた抗体安定性のスクリーニング評価

High-Throughput Circular Dichroism System

Introduction

特定の抗原を標的にすることができる抗体医薬品は、近年ますます注目を集めています。抗体医薬品は、溶媒、pH、温度などの製剤条件や保存環境によって、構造が変化するため、その活性を失う可能性があり、品質を確保するためには、製剤条件や保存環境の違いによる構造の安定性を評価することが不可欠です。

円二色性分散計 (CD) は、均質な条件下で簡便にタンパク質の構造を評価できるため、抗体を含む生体高分子の構造安定性評価に有効です。

日本分光では、タンパク質の構造変化に伴うCDスペクトルの変化を定量的に評価できるソフトウェア(qHOS検定プログラム)と、様々な条件下で調製された複数の試料のCDスペクトルを自動的に測定できるハイスループットCD測定システム(High-Throughput Circular Dichroism System:HTCDシステム)を開発しました。

ここでは、統計分析を使用して天然抗体と変性抗体のCDスペクトルを比較することによって抗体の安定性を評価する新しいアプローチを報告します。

VHH抗体(variable domain of heavy chain of heavy chain antibody)

VHH抗体とは、アルパカ等のラクダ科の動物が持つ、通常の抗体とは異なる構造を持つ抗体のことを言います。
VHH抗体は、

  • CDR3 領域が長く、高い結合能を有する
  • 15KDa程度の分子量の低分子化合物のため、容易に発現可能
  • pH や温度に対する安定性が高い
  • 抗体改変が容易

という特徴があります。

アルパカ
VHH抗体を持つアルパカ

Experiment

VHH抗体

  • スクリーニング測定
  • HTCD システムを用いて、標準試料 10 検体、各試料 1 検体の測定を行いました。

    標準試料:0.5 mg/mL VHH 抗体 (pH 7, NaCl 濃度 200 mM) 1 種 10 検体

    試料: 0.5 mg/mL VHH 抗体 (pH 3 ~ 11, NaCl 濃度 10 ~ 1000 mM) 62 種 1 検体ずつ

    光路長: 0.2mm

  • 変性温度測定
  • 試料: VHH 抗体 0.5 mg/mL

    緩衝液 (※): 50 mM クエン酸 (pH 3, 4, 5, 6), 50 mM リン酸 (pH 7, 8),

    50 mM CHAPS (pH 9, 10, 11)

    ※) 各 pH 溶液で NaCl 濃度を 10, 100, 200, 400, 600, 800, 1000 mM に変化させました。

    光路長: 1mm

  • 解析
  • スクリーニング測定したスペクトルについては、[qHOS] プログラムを用いて、スペクトル距離の有意差検定を行いました。

    qHOSプログラムは、スペクトルの差をユークリッド距離として算出し統計的手法を用いることで、CDスペクトルの変化が抗体などのタンパク質の構造変化を反映したものかどうかを客観的に判定し、スペクトルの同等性の合否判定ができます。

    今回は日本分光の特許であるノイズ重みづけユークリッド距離の計算を行い、そこからStudent の t 検定 にて、試料 62 本のスペクトルの 𝑡 値を算出しました。

    qHOSについて詳細はこちらをご覧ください。

    抗体の構造変化をスペクトルから統計的に評価するバイオ医薬品の新たな品質管理方法-qHOSプログラム-

    各溶媒条件下における VHH 抗体の変性温度測定については、変性温度 (Tm) を計算しました。

Results and Discussion

  • 1. スクリーニング測定
  • NaCl 濃度 200 mM におけるスクリーニング測定結果をfig. 1 に示します。pH 3, 4 の CD スペクトルは 、pH 7 の CD スペクトルに対して b-シートに起因する 217 nm や b-シート間相互作用に起因すると言われている 227 nm の負のピークが変化していることが分かります。 このスペクトルの変化を 𝑡 値を用いて数値化、および可視化することで、より客観的に評価することができます。fig. 2 には、VHH 抗体の pH、NaCl 濃度、および 𝑡 値の関係を示します。pH 6 ~ pH 9 の範囲では 𝑡 値が小さく、pH 7, NaCl 濃度 200 mM の基準試料から構造は大きく変化していないことが分かります。一方、pH 5 以下または pH 10 以上では 𝑡 値が大きくなっており、構造が変化していることが分かります。また、NaCl 濃度が高くなるに従って、構造が変化していることも分かります。

    pH変化に伴うCDスペクトルの変化
    Fig.1 pH変化に伴うCDスペクトルの変化
     pH, NaCl 濃度と 𝑡 値の関係
    Fig.2 pH, NaCl 濃度と t 値の関係

    スクリーニング測定で得られた 𝑡 値と熱変性測定で得られた変性温度との関係をfig. 3 に示します。変性温度が高いほど、𝑡 値は小さくなるような線形関係があることがわかります。これは、熱安定性が高い溶媒条件にある VHH 抗体ほど、常温において、天然状態と近い高次構造を有していることを示します。

     Tm と 𝑡 値の関係
    Fig.3 VHH 抗体の変性温度と t 値の関係

    Conclusion

    このように、様々な条件下における試料の CD スペクトルを自動的に測定できる HTCDシステムと、スペクトルの変化量を数値化できる [qHOS] プログラムを用いることで、スペクトルの違いを可視化し、定量的に評価することができます。

    また、本システムを用いて検討した VHH 抗体の様々な条件下での変性挙動の実験では、𝑡 値と変性温度に高い相関が得られました。このことから、抗体医薬品の安定性評価において、𝑡 値を用いて安定性を評価する方法は、膨大な時間を要する熱安定性評価を行う前の一次スクリーニングとして有効であることを示唆しています。

    本アプリケーションは東京大学津本研究室のご指導より開発されました。

    津本研究室ホームページ:http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/phys-biochem/