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高性能蓄電池の開発に資する分析・分光技術 ~全固体電池に応用可能な固体電解質の FT-IR を用いた研究事例~

高安全電池としての全固体電池および分光技術の果たす寄与

現在、市販小型民生用途をはじめ多くの可搬機器等に用いられている Li イオン電池、及び次世代電池系として研究が進められている Na 電池の多くは、電解質に有機溶媒を含む非水系電解液を使用しているため、安全性の観点からは漏液による発火・発煙などの危険性が懸念される。
そこで、難燃性・難揮発性を有するイオン伝導性固体電解質を適用した全固体電池が近年着目を集めている。この中に用いられる固体電解質としては、大まかに無機系と高分子系に分けられる。

フーリエ変換赤外分光光度計 FT/IR-4X
図1 フーリエ変換赤外分光光度計 FT/IR-4X
<無機系固体電解質の適用例>

酸化物系固体電解質のひとつである Li7La3Zr2O12(LLZO)は、室温で10-4 S cm-1 程度の比較的高いバルクイオン伝導度を示し、Li 金属との安定性が高いことから、全固体電池の電解質への応用が期待されている。しかし、内部に粒界を有し、薄膜化した際の機械的強度に乏しく、電極との界面形成が難しい。そこで我々は高分子固体電解質と無機系電解質双方の強みを両立した「複相系固体電解質」に着目し研究を進めている。
立方晶系 LLZO と自立成形性に優れるポリエーテル系高分子固体電解質を複相化することにより、自立成形性・機械的強度を担保した高分子 / 無機複相型固体電解質の作製を試み、AC インピーダンス法を用いて複相固体電解質の Li 伝導機構及び Li 金属との界面の電気化学的挙動や全固体電池としての特性評価を進め、これを報告している1)
この複相化の技術を近年、革新電池系及び元素戦略的に有利な電池系として着目されている新規カチオン種である Na 系へ適用した場合について、分光・分光技術を交えてお示しする2)

1) M. Kato, K. Hiraoka, S. Seki, J. Electrochem. Soc., 167, 070559 (2020).
2) K. Hiraoka, M. Kato, S. Seki, J. Phys. Chem. C, 124, 21948 (2020).

<高分子固体電解質(SPE)、無機系固体電解質(NZSP)を複相化した電解質(CSE)の特性>

高分子材料としてエチレンオキサイドとプロピレンオキサイドのランダム共重合体である P(EO/PO) と支持塩 NaN(SO2CF3)2 の混合物からなる高分子固体電解質(SPE)、無機系固体電解質として Na3Zr2Si2PO12(NZSP)を其々用い、これを複相化した電解質(CSE)の特性を調査した。

約 50 wt.% 以下の複相域では SPE のみからなる 0 wt.% よりも高い σ を示す傾向が確認された。この傾向は低温域でより顕著に現れ、NZSP 複相化によりイオン伝導の低温特性が改善された。
低複相域の σ が 0 wt.% (NZSP を含まない SPE)と比較して向上する傾向が確認されたため、FT-IR(使用機種:FT/IR-4700、日本分光)より、CSE(< 40 wt.%)中の NZSP が SPE に及ぼす相互作用について調査した。
図2に 0 wt.% および比較として NaTFSA を含まない P(EO/PO) のみの IR スペクトルを示す。2700~3000 cm-1 付近にピークが観測され、know It All(WILEY、日本分光)より、このピークは C-H 結合の振動に由来すると推察された。また、約 800~1500 cm-1 の範囲にピークの集中が確認された。

Influence on IR spectra by NaTFSA added into P(EO/PO).
図2 Influence on IR spectra by NaTFSA added into P(EO/PO).

そこで、この範囲におけるピーク分離をカーブフィッティングにより行った。
図3に 0 wt.% ([Na]/[O] = 0.1)における 1000~1400 cm-1 の範囲の FT-IR スペクトルおよびカーブフィッティングによるピーク分離の結果を示す。

Curve fitted FT-IR spectrum of 0 wt.% CSE sample
図3 Curve fitted FT-IR spectrum of 0 wt.% CSE sample.
※図3は論文 2) より転載

1000~1250 cm-1 の範囲においてピークは7つ存在し、これらは PEO-LiTFSA の系と比較し、表1に示す結合および化学種と推定された。

表1 Detail of assigned peaks in FT-IR
Detail of assigned peaks in FT-IR

フィッティングにより得られた各ピークの波数変化を図4に示す。0~40 wt.% の CSE において、1000~1250 cm-1 の範囲ではピークシフトはほとんど確認されなかった。

Relationship between wavenumber of separated peaks and NZSP composition
図4 Relationship between wavenumber of separated peaks and NZSP composition.

遊離アニオンに起因するピーク7の範囲の波数を拡大したものを図5に示す。

FT-IR spectra of peak 7
図5 FT-IR spectra of peak 7.
※図5は論文 2) より転載

ピークトップの波数は複相化により変化しなかったため、ピークシフトが生ずるほどの遊離アニオンの結合状態への影響はほとんどないと考えられた。
一方、NZSP の複相化に伴いピーク強度は変化しているため、CSE 内で生成される遊離アニオンの量が変化している可能性が考えられた。そこで、ピーク面積を 0 wt.%~40 wt.% の各組成においてそれぞれ規格化することで、NZSP 複相化が与える NaTFSA の解離性への効果について検討した。
ピーク 7 の面積から算出した遊離アニオン量と NZSP 組成の関係を図6に示す。遊離アニオン量は複相化により 0 wt.% よりも増加する傾向が確認され、10 wt.% で最大値を示した。従って、NZSP の添加は NaTFSA の塩解離を促進することが期待された。
塩解離の促進は、イオン伝導に寄与するキャリア数の増大に繋がるため、この効果も低複相域(<50 wt.%)における σ の向上に寄与した可能性が考えられる。

Relationship between calculated free anion and NZSP composition
図6 Relationship between calculated free anion and NZSP composition.
※図6は論文 2) より転載

詳細に関しては、Jasco Report Vol.64 No.1『高性能蓄電池の開発に資する分析・分光技術』(著者:関志朗*1、高橋圭太朗*1、平岡紘次*1、釜谷美則*1、高羽洋充*1、梅林泰弘*2 *1:工学院大学大学院 化学応用学専攻、*2:新潟大学大学院 自然科学研究科 所属は発行時)をご参照ください。
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