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トピックス

水溶液試料の振動円偏光二色性(VCD)測定を可能にする顕微スキャン型多次元赤外円二色性分光システム

量子カスケードレーザーを搭載した顕微スキャン型多次元赤外円二色性分光システム

愛媛大学の佐藤久子教授を研究開発代表者とする研究グループとの共同研究により開発*された多次元赤外円二色性分光装置は、従来の振動円偏光二色性分光光度計に、量子カスケードレーザーおよび顕微スキャン技術、自動ステージを組み合わせた複合型の多機能システムとなっています。

量子カスケードレーザーの利点である単色性と高い輝度を生かし、赤外円二色性測定の高速・高感度化を達成しました。

測定光源として、従来の FT/IR(熱光源)と量子カスケードレーザーを切り替え可能なコンカレントシステムとなっているため、熱光源を用いた広い波数領域(4000-750 cm-1)の測定と、量子カスケードレーザーを用いた限られた波数領域(1740-1500 cm-1)における波数スキャンおよび波数固定測定の、両方が可能です。

特に波数固定では最短1秒で測定が行え、さらに顕微スキャン技術と自動ステージの追加により、空間をスキャンさせる測定手法が可能となったため、生体試料のキラリティの空間分布や時間変化の検出も可能となりました。

* 本装置の開発は、国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST 未来社会創造事業 探索加速型「共通基盤」領域の研究開発課題「多次元赤外円二色性分光法の開発」(研究開発代表者 佐藤久子先生)(JPMJMI18GC)の支援を受けて行われました。
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顕微スキャン型多次元赤外円二色性分光システムを利用した測定例

高吸光度試料の測定

輝度の高い量子カスケードレーザーを光源とすることで試料を透過する赤外光強度を確保してノイズの影響を低減でき、高吸光度試料の VCD スペクトルを正しく測定できることが期待されます。 (1R)-(+)-α-Pinene と (1S)-(-)-α-Pinene の neat 液体を検証に用い、熱光源を用いた FT-VCD と量子カスケードレーザーを用いた QCL-VCD を測定しました。FT-VCD では VCD ノイズが大きいため対称な VCD 信号が得られませんでしたが、QCL-VCD では 対称な VCD 信号が得られました。このことから、QCL-VCD は吸収強度の強い試料の測定に有効なシステムと言えます。

水溶液の測定

VCD の高吸光度測定の応用事例として、水溶液の測定が挙げられます。様々な分野で水溶液の研究は行われていますが、特に生体分野においては避けられない測定の一つです。水溶液の試料には グリシン-ロイシン (Gly-Leu) の D 体、L 体(濃度:0.3 M)を用いて検証しました。IR のスペクトルは、水の吸収が支配的ですが、1580 cm-1 近傍に試料のアミドⅡの吸収を確認できました。1580 cm-1 近傍に確認できるアミドⅡの吸収は水の吸収と合わせて吸光度が 1~2 程度と非常に高いですが、アミドⅡの吸収帯の VCD 信号が明瞭に観測されました。このように、QCL-VCD はこれまで測定が困難であった水溶液の測定に威力を発揮します。

マッピング測定

QCL-VCD はシステムの高感度化により積算時間を短縮できるのに加え、着目する波数範囲のみを測定することで、FT-VCD より短時間でスペクトルを取得できます。これにより、試料を移動させ、複数の VCD スペクトルを測定するマッピング測定への応用が期待されます。VCD の 1603 cm-1 のピーク強度に基づく色分け図を示します。VCD の 1603 cm-1 がプラスに検出されている場合は黄緑色(D-アラニン)、マイナス検出されている場合は橙色(L-アラニン)で色分け表示をしました。意図した通り D-アラニン が錠剤の右側、L-アラニン が左側に分布している結果が得られました。これより、QCL-VCD はマッピング測定に応用可能であり、キラル化合物の分布状態を評価できます。

掲載論文のご紹介

アミノ酸(ペプチド系)での測定例

グリシン-D-ロイシン、グリシン-L-ロイシンについて量子カスケードレーザーを搭載した多次元振動円二色性システムで測定しました。KBr 錠剤法により、アミドⅠとアミドⅡのピークを確認することができました。

Analytical Chemistryに掲載されました。

Anal. Chem. 2021, 93, 5, 2742–2748
https://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/acs.analchem.0c02990

生体試料中のタンパク質二次構造

昆虫の後肢組織の表面に関して IR および VCD スペクトルの二次元マッピングを行いました。アミドⅠとアミドⅡの VCD バンドからタンパク質の分布を分析しました。

The Journal of Physical Chemistry Lettersに掲載されました。
愛媛大学 プレスリリースで紹介されました。

J. Phys. Chem. Lett. 2021, 12, 32, 7733–7737
https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.jpclett.1c01949