ORD・CDの基礎(4) ORD、CD測定の応用例
ここではORD、CD測定の応用例を、有機化合物、光学活性金属錯体、タンパク質・ポリペプチド、核酸の4種類に分けて紹介します。
有機化合物
既知光学異性体の識別
対掌体のORD・CDスペクトルは完全なミラーイメージになるので、光学異性体の立体配置の識別が可能です。図1にピネンガスのCDスペクトルの例を示します。光学異性体である各々のCDスペクトルが上下対称になっていることが分かります。また、立体配置が既に分かっている光学異性体のORD・CDスペクトルをもとに、類似構造の光学活性体の立体配置解析が行われています。
図1 ピネンガスのCDスペクトル
経験則を利用する立体配置、配座の解析
発色団周囲の立体環境によって生じるコットン効果は、多くのものが調べられています。主な発色団に関するコットン効果の経験則を表1に示しました。
表1 コットン効果の典型例
発色団 |
遷移 |
λext[nm]、Δε |
経験則 |
飽和ケトン |
n→Π* |
290~305、0~4 |
ケトンのオクタント則 |
α,β-エポキシケトン
α,β-シクロプロピルケトン
|
n→Π* |
280~307、0~5 |
逆オクタント則 |
β,γ-不飽和ケトン |
n→Π* |
295~305、0~10 |
オクタント則 |
α,β-不飽和ケトン |
n→Π*
Π→Π*
-
|
320~350、0~3
230~250、0~15
210~215、0~15
|
逆オクタント則、らせん性則、アリル位アキシアル置換基則 |
C=C二重結合 |
- |
180~220、0~10 |
オレフィンオクタント則、ねじれ効果、アリル位アキシアル置換基則 |
共役ジエン |
Π→Π* |
230~250、0~10 |
らせん性則、アリル位アキシアル置換基則 |
ベンゼン環 |
Π→Π*、lLb
Π→Π*、lLa
|
260~280、0~2
200~220、0~5
|
ベンゼン・セクター則 |
励起子キラリティ法
強いΠ-Π*吸収帯をもつ2個以上の等価な発色団が互いに不斉の位置に存在する場合、ねじれ方向がコットン効果の符号を決定します。この方法は理論的に確立された適用範囲の広い方法で、ジオール類(2個のOH)などの吸収を示さない官能基をジベンゾエート体に誘導して(図2)、立体配置の決定に応用しています。
図2 α-glycol dibenzoateのキラリティ
金属錯体
六配位・正八面体光学活性錯体
六配位・正八面体の光学活性錯体は、X線構造解析による絶対配置との関係が古くから調べられてきました。図3は、3価コバルトイオンにエチレンジアミンが配位した光学活性錯体のORD・CDです。配位子として、各種置換型ジアミン、アミノ酸(2座)、トリアミン型(3座)、からEDTA(6座)まで様々な錯体が合成されています。六配位正八面体型錯体としては、Co(Ⅲ)の他、Co(Ⅱ)Cr(Ⅲ)、Ru(Ⅲ)、Rh(Ⅲ)、Pt(Ⅱ)、Ir(Ⅲ)、Ni(Ⅱ)等が研究されています。
図3 光学活性錯体のORD、CD、UVスペクトル
タンパク質、ポリペプチド
CDスペクトルから、タンパク質の基本構造、α-へリックス、β-シート及びランダムコイルの構成比の推定が可能です。例としてコンカナバリンAのCDスペクトルを図4に示します。天然状態ではβ-sheetに富んだ構造を有していますが、フルオロエタノール(TFE)によりα-Helixに富んだ構造へ変化します。pH2塩酸中ではβ-sheet構造に特徴的なCDスペクトルを示すのに対し、TFEを50%加えた溶液中ではα-Helixに富むCDスペクトルを示します。
図4 コンカナバリンAのCDスペクトル
核酸
二重らせんモデルで知られるDNAや、タンパク質合成に関わるRNAなどの核酸も、その構造により特徴的なCDスペクトルを示します。その一例に、CDによる左巻きZ型DNA構造の発見が挙げられます。らせんの左右の特定に、CDの符号が決め手となりました。核酸のCD測定で最も広く用いられるのは、温度変化測定です。核酸の二重鎖が熱によりほどけていく過程(メルティング)を追跡、その構造変化から熱安定性を解析します。