技術情報 Web基礎セミナー HPLCの基礎(10) トラブルケーススタディ ~原因究明と対処の実例~
HPLCの基礎

HPLCの基礎(10) トラブルケーススタディ ~原因究明と対処の実例~

ケーススタディ.1 溶離液中の成分によるトラブル 溶離液中添加剤成分のカラムへの吸着

HPLC の溶離液は、多くの種類の有機溶媒、水、塩、酸や塩基、イオンペアー試薬などが使用されています。その中に含まれている成分や混入してしまった成分が、トラブルの原因になることがあります。
分析条件
試料 脂溶性ビタミン関連成分
溶離液 エチルエーテル/イソオクタンの混合溶媒系
カラム シリカゲルカラム
検出器 UV検出器(検出波長:280 nm)
トラブル現象①:ピークの溶出が徐々に早くなる
測定開始時の標準試料は、良好な保持時間とピーク形状のクロマトグラムが得られていました。しかし、測定の安定性を確認するために標準試料を複数回注入すると、その測定毎、ピークの溶出が徐々に早くなる現象が発生しました。シリカゲルカラムを使用していることから、平衡化時間が不足しているためではないかと考え、保持時間が安定するまで送液を続けて、標準試料の注入を繰り返していました。
トラブル現象②:ベースラインの上昇
2~3時間程度経過した時、突然ベースラインが上昇し始め、振り切れた状態となりました。その後、ベースラインは、戻ることなく振り切れた状態でした。
トラブル現象③:カラム洗浄をしてみたが…。症状の再発
洗浄液にエタノールとn-ヘキサンの混合溶媒を使用して、カラムの洗浄を行い、再度、同じ溶離液を用いて送液しました。ベースラインが安定している状態で測定を開始すると、現象①、現象②とほとんど同じような現象が再度発生することがわかりました。
実験で得られたクロマトグラムの変化
図1 実験で得られたクロマトグラムの変化
原因
この現象の原因は、エチルエーテル中の酸化防止剤の2,6-di-t-butyl-4-methylphenol(BHT:ブチルハイドロキシトルエン)でした。この測定で使用している溶離液では、BHTはシリカゲルカラムに吸着していました。そのため、送液し始めはBHTが溶出しておらず、ベースラインが安定している状態でした。
トラブル現象①の原因
溶離液中のBHTは、カラムの充塡剤に吸着し続けてしまったため、注入した標準試料のピークは次第に充塡剤に保持されなくなり、徐々に保持時間が短くなる現象①として現れました。
トラブル現象②の原因
このような状況下、さらに送液を継続していると、充塡剤の大部分にBHTが吸着してしまい、シリカゲル表面の吸着活性点を飽和させてしまいます。そのため、吸着されなくなったBHT(BHTは、280 nm に UV 吸収を有しています)が溶出してくるようになり、ベースラインの上昇が始まる現象②が発生しました。こうなると何らかの処置をしない限りベースラインが元へ戻りません。
トラブル現象③の原因
エタノールを含んだ洗浄液を送液すると、BHTはカラムから流れ出し、元のシリカゲルの性能に戻ります。しかし、根本的な原因への対処がされていませんので、同じ測定を行うと、再度同様のトラブル現象を繰り返すこととなります。

対策
このように、使用する有機溶媒に添加剤が含まれている場合は、トラブルの原因になることがあるので注意が必要です。
特に注意の必要な溶媒
  • テトラヒドロフラン(THF)、ジオキサン、エチルエーテルなどのエーテル系溶媒
    → 酸化防止剤が添加されている可能性あり
  • クロロホルム
    → 安定剤としてエタノールやアミルアルコールなどが添加されている可能性あり
添加剤不含のグレードが販売されている溶媒もありますので、HPLCに使用するカラム、検出、測定目的(分取、分析)などを考慮して、適切な溶媒の選択、使用することがトラブル回避のコツになります。

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ケーススタディ.2 温度によるトラブル 保持時間の変動

システム
ほぼ毎日24時間連続稼働しているHPLCシステム。
トラブル
7月ごろから、保持時間の再現性が低下する現象が発生していました。
原因
このトラブルの現象は、出勤した朝に、エアコンをONにして、室温が下がり、夕方は、帰宅するときにエアコンをOFFにしたため、高い外気温の影響から、室温が徐々に上昇したことが、原因と推定されました(図2参照)。
エアコンのON、OFFと室温の変化
図2 エアコンのON、OFFと室温の変化
原因の発見プロセス
最初に、HPLCシステムの状態、カラムや溶離液などの確認を行いましたが、特に目立った問題は見つかりませんでした。
そこで、数日間にわたる測定済みのクロマトグラムを拝見し、ピークの保持時間を時系列で並べて確認してみたところ、朝の7時30分から10時の間と夕方の18時半以降にピークの保持時間が変動している特長がありました。その変動は、朝は、保持時間が遅くなり、夕方から夜にかけては、徐々に早くなる症状が発生していました。データをさらに遡って6月以前のデータを確認しますと、この現象が、発生していないこともわかりました。6月と7月以降の違いを確認してみますと、エアコンの作動の有無でした。そこで、実験室のエアコンの温調を常時ONにした場合にこの現象が発生するかどうかを検証していただき、発生しないことが実験的に確認できました。
比較的長時間の間に現象が発生しているトラブルなどは、結果と連動しそうな要因を時系列で並べてみることも現象と原因との関係を知ることができる一つの方法になります。
注意点
カラムオーブンを使用していても測定条件や測定成分の特性などによっては、室温の影響を受ける場合がありますので注意してください。
ここでは、ユーザーの方々や弊社のHPLCオペレーターが体験している実例について2つご紹介しましたが、その他トラブルを知りたい方は Jasco Report Vol.64 No.1 をご参照ください。
『HPLCのトラブルシューティングに役立つノウハウ 第3章』をダウンロードする
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